観光地経営の先進地、道後温泉のまちづくりに学ぶ [コラムvol.239]
道後温泉本館広間を特別にお借りして開催した研究会開会式

 2014年10月、温泉まちづくり研究会(以下、研究会)を、愛媛県松山市「道後温泉」にて開催した。2014年は、道後温泉の象徴「道後温泉本館」が改築120年の大還暦を迎えた年。記念事業「道後オンセナート2014」(2014年4月10日~12月31日、以下、オンセナート)により、道後温泉本館をはじめ温泉街がアート作品へと変貌をとげ、「最古にして、最先端。日本最古の温泉街で展開される最先端のアートの祭典。」が、テレビや新聞、雑誌等多くのメディアにも取り上げられ、注目を集めていた時期でもあった。

 しかし、道後温泉で研究会を開催した理由は、「オンセナート」ばかりではなく、これまで道後温泉で取り組まれてきた堅実なまちづくりに多くの学びがあると確信し、会員間で共有したいと強く感じたからである。

 本コラムでは、道後温泉のまちづくりの中でも、“民間主導”の取り組みに焦点を当て、その一端を紹介したい。

道後温泉の現状と課題

 道後温泉は3000年の歴史を誇る日本最古の温泉地。1894年に幾多の困難を克服して改築した「道後温泉本館」等、観光基盤が、現在の繁栄の礎となっている。瀬戸大橋が開通した1988年には139万人いた宿泊者数も年々減少傾向にあったが、ここ10年は下げ止まりをみせ80万人前後で推移している(2013年81.7万人)。

 「宿泊者数の減少」「女性個人客の増加など新たな観光動態への対応の遅れ」「本館工事期及び工事後にも継承可能な新たなブランドイメージの構築」などが課題として指摘されているが、「オンセナート」はこうした諸課題に対処するため、道後温泉の多くの関係者により綿密に練られた事業でもある。「オンセナート」は展示期間が延長された一部を除いて2014年末に好評のうちに閉幕したと聞いている。

「道後温泉まちづくり推進協議会」の設立と取り組み

 他の地域と比べて道後温泉のまちづくりを特徴付けているのは、1992年8月に設立された「道後温泉誇れるまちづくり推進協議会」の存在である。

 今回の研究会で、同協議会会長の宮﨑光彦氏(*1)は、「協議会は旅館や商店街に利益を還元するのではなく地域全体を考える組織で、産学官に金融機関を加えた「産学官金」、また会員に地域住民を含む“広範囲でゆるやかな会”(2014年7月現在、会員数216)。」と紹介された。また前代会長の大木正治氏(*2)も、「道後温泉には「道後温泉旅館協同組合」「道後商店街振興組合」「道後温泉誇れるまちづくり推進協議会」のまちづくり団体があり、この協議会には一般企業や住民の参加も募り、街の人の思いや意見を引き出し、後押しする役割を果たしている。」とお話になられている。

 同協議会設立の背景や取り組みについては、当財団機関誌『観光文化223号-温泉地における不易流行を考える』に、宮﨑氏が次のように記されている。「私たちは、先人が遺した偉業・遺産を食い潰しているだけではないかとの反省のもと、地域の根本的課題を、①国の重要文化財である道後温泉本館に過度に依存、②歴史文化を標榜しながらも希薄な歴史の視認性、③地域間競争の中での相対的な温泉力・地域力の低下と捉え、1992年に「道後温泉誇れるまちづくり推進協議会」を立ち上げた。以来、グランドデザイン(1994年)を策定し、①「坊っちゃん列車」の復元運行の実現(2001年)、②足湯・開運巡りの構築(2001年)、③道後温泉本館周辺の道路の付替えによる画期的な景観整備や賑わい空間の創出(2007年)、④ファサード整備(2006~2009年頃)、などの取り組みを展開してきた。」と。

 これまでの観光地は観光事業者だけで来訪客を受け入れてきたが、昨今の観光地には住民とのふれあいや地域の生活文化をも含めた観光地全体の魅力が問われるようになってきた。当財団発行『観光地経営の視点と実践』(2013年12月、当財団編著、丸善出版発行)でも指摘しているが、これからの観光地づくりには、「企業活動」と「まちづくり」を有機的に結びつけ地域全体をマネジメントしていく「観光地経営」の考え方が欠かせない。

 そして、道後温泉が長年にわたり取り組んできた、「的確な現状分析と戦略の策定、具体的な事業の実施、目に見える成果の創出と共有(享受)」は、まさしく観光地経営の実践そのものであると言える。

まちづくりに脈々と受け継がれる、“坂の上の雲”の精神

 研究会中、「現在の道後温泉の繁栄は、小説「坂の上の雲」(*3)に描かれている明治の時代の松山人の志、百年先の今日を見越した先見の明によるものです。」と、宮﨑氏。

 しかし一方で、宮﨑氏、大木氏とも異口同音に、「道後温泉の伝統は、革新の積み重ね。道後温泉本館改修工事を「本館に頼らない温泉地」に変えていく一大転機と位置づけ、各宿泊施設や商店街の更なる商品価値向上に加え、地域全体で心地よく過ごせる時間と空間づくりを行っていく。」との強い覚悟を語っていたのが印象的であった。

 司馬遼太郎の描いた明治時代の松山人の高い志と前向きな発想、努力を惜しまない姿勢は、今も道後温泉に確実に受け継がれていると確信。まちづくりの先進地、道後温泉に引き続き注目していきたい。

研究会にて熱のこもった
プレゼンテーションを行う宮﨑氏(右)

参考資料

*1:宮﨑光彦氏:(株)宝荘ホテル代表取締役社長。道後温泉誇れるまちづくり推進協議会会長の他、道後温泉旅館協同組合副理事長など数々の要職を務める。
*2:大木正治氏:(株)ホテル葛城 代表取締役社長。道後温泉旅館協同組合理事長など数々の要職を務める。
*3:小説「坂の上の雲」:司馬遼太郎の代表作。松山出身の3人の生き様を通して、明治時代の人々の高い志を描いた長編小説。