つながる暮らし、はぐくむ未来 [コラムvol.166]

2012.05.11

観光調査部 中島泰
col-166

 未来の私たちはどのような暮らしをしているでしょうか。100年後の未来は、いや50年後の未来でも、きっと想像もつかないような世の中になっていることでしょう。(私は生きていないでしょうけど)それは、楽しみなような、そして少しだけ怖いような気もします。
 では、10年後の未来はどうでしょうか。きっといろいろなことが変わっていることと思いますが、そこはまだ今の暮らしの続きとして感じられる世界なのではないでしょうか。
 先日、そんな少し先の未来を感じられるまちを訪れる機会がありました。

■小舟木(こぶなき)エコ村の挑戦

 私が訪れたまち、小舟木エコ村(通称「エコ村」)は、琵琶湖のほとり、水郷と近江商人で知られる滋賀県の近江八幡市にあります。エコ村は、「村」という名前がついていますが、実際には開発面積約15ha、総区画数372区画の大型住宅開発地です。2007年1月に着工、同年10月から第1期エリアの分譲開始、翌2008年10月には「まちびらき」がおこなわれ、現在では約300世帯が入居しています。
 エコという名がついているとおり、エコ村では、環境負荷の低い暮らしをするためのさまざまな工夫がなされています。そのひとつで特徴的なのが、すべての住宅に整備されている家庭菜園です。毎朝の水やりや土日などに畑作業をおこなうことで、日常生活の中で土に親しみ、食について考えることをねらいとしています。また、新たな住宅地では、なかなか周囲の人たちと交流するきっかけもつくりづらいものですが、採れすぎた野菜を交換したり、採れた野菜を使ってバーベキューをしたり、とご近所さんと仲良くなるきっかけが家庭菜園から生まれています。ちなみに、野菜のつくり方のわからない人も安心。エコ村には野菜づくりがプロ級の人もいれば、無農薬有機栽培を指導するNPOもあります。
 そのほか、雨水タンクも全住宅に設置、住宅自体も庇の長さや窓の配置に配慮した設計がなされ、日射や風の流れをうまく活用するようになっているなど、エコ村には多くの工夫があります。
 しかしながら、そもそもどうしてこのようなまちは生まれたのでしょうか。

 私ははじめに、エコ村では「環境負荷の低い」暮らしをするための工夫がなされていると書いたのですが、もう少し正確に言うと「持続可能な社会をつくりあげる」ための暮らしを実践し、そうしたライフスタイルを世の中へ拡げていくことをエコ村では目指しています。
 その構想が誕生したのは今から10年以上も前、2000年に遡ります。NPO「エコ村ネットワーキング」(のちにNPO法人化)が設立され、持続可能な社会のモデルとしてのエコ村を実現するため、徹底的な議論がおこなわれました。それは、多くの研究者、企業、NPO、市民が参加するワークショップという形でおこなわれ、そこで描かれたエコ村が実現すべき暮らしは、エコ村に関わる人たちの共通の価値観となっている「エコ村憲章(2002年)」、そしてエコ村で取り組むべき「23の課題(2004年)」としてまとめられています。
 いま出来上がったエコ村は、こうした産官学民による数々の議論が、実際のまちとして結実したものなのです。

(エコ村憲章)
○ 生命あるものに感動し、愛情を持つ、生命倫理を育む
○ 未来への希望を育むことを、最高の喜びとする
○ 地域にあるものを、最大限に生かす文化を育てる
○ 環境を傷つけず、環境からの恵みを大切にする
○ 個を尊重するとともに、互いに支えあう関係を強くする
○ 人々に喜びを分かち合う仕事を育てる
○ 責任ある個人によって担われる、活力あるコミュニティをつくる
2002年 NPO法人エコ村ネットワーキング制定

■エコビレッジ(Ecovillage)という選択

 エコ村という発想自体はエコビレッジ(Ecovillage)として、世界中にあるものです。エコビレッジをネットワークしているグローバル・エコビレッジ・ネットワーク(GEN、本拠地デンマーク)によれば、それは世界に1万5千ほどもあると言われています。都市型や郊外型、あるいは山の中などさまざまな場所に存在し、その目的も環境保全に関するものから健康、貧困、あるいは人権問題など多岐にわたります。ここでは紹介しませんが、日本にも小舟木エコ村以外にもエコ村、エコビレッジと呼ばれるようなまちがいくつか存在しています。
 世界のエコビレッジの例を見ていると、中にはなかなか過激なものや閉鎖的なもの、宗教じみたものもあるので一概には言えませんが、いわゆる「普通の」まちであることが多いように感じられます。もちろん目的を実現するためのさまざまな工夫はされているので、他の「普通の」まちとは違う部分はありますが、特殊な人たちが特殊な暮らしをしているわけでもなく、そこにあるのは私たちと同じ普通の暮らしです。
 同じ意味で、小舟木エコ村も、訪れてみるととても「普通の」まちでした。子供たちが公園で遊び、おばあちゃんと孫が家庭菜園で畑仕事、近所の人たちが集まって軒先でバーベキュー。訪れた日が休日だったせいもあるかもしれませんが、これらが私が見たエコ村の風景です。少し広めに土地が確保されているので、決して安価というわけにはいきませんが、他と比べてそれほど住宅の分譲価格が高いわけでもありません。
 エコ村は持続可能な社会のモデルではあっても、実験台ではないのです。そこに暮らしているのは私たちと同じ一人ひとりの人間であり、それぞれが大切な人生を生きています。 飛躍した未来に住むことは不確定性のリスクもありますし、そこに自分の人生をかけることはなかなかできません。ですから、エコ村は人の人生を、そこに住む人の幸せを、自信を持って保証できる、少しだけ先の、でも具体的に進んだ未来を作り上げています。その中で、エコ村の住民が無理なく幸せに暮らせることを見せてくれることこそが、「こうした暮らしが本当にできるんだよ」といった、社会に対する強いメッセージになっていると思います。

(GENによるエコビレッジの定義)
都会でも田舎でも、環境に負荷の少ない暮らし方と共にお互いに支えあう社会づくりを追い求める人々が作るコミュニティ。
Ecovillages are urban or rural communities of people, who strive to integrate a supportive social environment with a low-impact way of life.

■未来はとても具体的なもの

 構想から10年、エコ村はついに具体的なまちとして誕生しました。実現に至るまでには、行政との折衝やマスタープランの20回以上にわたる変更などさまざまな障害があったようです。しかし、関係者があきらめず努力を続けた結果、いまのまち、そしていまの暮らしが出来上がっています。現実にそぐわない理想や未来を掲げることは容易ですが、理想の芯の部分だけは曲げずに、ただ譲歩しながら現実にあわせて変更していった道程は相当な苦難の道であったものと想像します。
 結果として、当初のマスタープランとは違った姿を見せているエコ村ですが、それでも実現させること、具体化させることこそがエコ村自体の存在意義、至上命題でもあったと思います。少しずつでも具体的に進まなければ、何も変わらない。そうした具体化させる作業の積み重ねによって、未来は作られる。エコ村の言葉を借りれば、未来が「はぐくまれる」のだと強く感じました。
 さて10年後、エコ村は、そして私たちの未来はどうなっているでしょうか。私も語るだけではなく、さっそく動いていきたいと思います。

集落1
(この菜園からは何が採れるのでしょうか)
集落2ー
(建物の構造や材料にもさまざまな工夫が)
集落1
(中央にある公園では子供たちが走り回ります)
集落2ー
(バス停の名前からエコ村です)
参考資料
― NPO法人エコ村ネットワーキング「小舟木エコ村ものがたり」2011年サンライズ出版
― 小舟木エコ村推進協議会「小舟木エコ村プロジェクト」パンフレット
― 株式会社地球の芽「小舟木エコ村Concept Book」

 

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