ホスピタリティ産業の「競争ルール変更」 [コラムvol.347]
米国オーランド/筆者撮影

経済のサービス化が進む日本経済

 日本経済は、1997年を境として低成長へと突入しているが、この10年(2007年から2016年)、雇用者数は4%、213万人増大している。これを、業種別にみてみると、建設業(10%・47万人)、製造業(9%、96万人)が大きく減少する中、医療福祉業(42%、230万人)、宿泊飲食業(11%、33万人)、卸売小売業(3%、29万人)、教育学習支援業(11%、28万人)などの業種において雇用者数が増大している。

 このように、我が国の就業者は低成長の中で、第2次産業から第3次産業、中でも人が人にサービス提供する「ホスピタリティ産業」へのシフトが進んでいる。これは、経済のサービス化と呼ばれる動きであり、国際的な規模で生じている変化である。

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 他方、観光の現場で起きているのは、深刻な人手不足である。有効求人倍率が2を超える地域も出てくるなど、多くの施設が慢性的な人手不足状態にあるが、失業率は3.06%と国際的に見ても、過去からの推移で見ても低位にある。

「生産性」向上に向けた取り組み

 経済成長のエンジンとなる成長産業でありながら、十分な人手が確保できないという状況において、盛んに指摘されるようになっているのは「生産性の向上」である。

 生産性の定義は、いくつかあるが、一般的には労働生産性、すなわち、1人あたりの生産額の事を示す。定義上、生産額の多くは人件費が占める為、1人あたりの給与額と高い相関を持つ。

 そのため、労働生産性を高めることが出来れば、同じ生産額でも、より少ない人手で回す事が出来るようになり、労働生産性が高まれば、給与額が高まることになるので、就労魅力も高まる事になる。

 そこで、生産性向上が注目されるわけだが、その向上手法として注目されているのが、サービス工学アプローチである。

 製造業で培った効率化の考え方をベースに、サービスを工学的に捉え、分析する事で「無駄」を省き、効率的な運営手法を明らかにしていくというものである。

 例えば、観光庁では「カイゼン」として、旅館業を対象とした生産性向上策を整理、提示している。
http://www.mlit.go.jp/kankocho/news06_000321.html

 しかしながら、「改善」では対応できない、大きな事業環境の変化、競争ルールの変更が生じてきていることにも、我々は注目すべきだろう。

1990年代から始まった「競争ルール」の変更

 ホスピタリティ産業は、人が人にサービス提供するという特性上、地理的な影響を受けやすい。例えば、飲食店が成功するか否かは、人通りのある場所に立地できるかどうかにかかっているし、需要に季節性のある観光地と通年需要のある都市部では、宿泊施設の稼働率は大きく変わってくる。

 すなわち、「立地」が、事業上の隔離システム(=他社が真似出来ない競争上の特性)となってきた。

 「立地」が競争の優位性の多くを規定するため、事業者としては、ヨコ展開のモチベーションが沸きにくく、地域を越えて事業展開する事業者は乏しかった。立地という隔離システムが、地場の中小資本による経営存続につながっていたと言えるだろう。※

 しかしながら、1990年代以降、主に米国において、「立地」という隔離システムを超え、事業モデルそのもので、独自の「隔離システム」をつくる動きが顕在化してきている。

 例えば、米国のマリオット・インターナショナルは、1993年に現在の法人形態となったが、その後、所有と経営の分離、オペレーション強化、ブランド管理などを徹底することで、2016年現在では5,700施設, 110万室、ブランド数30という世界最大のホテルチェーンとなった。同様に、米国のベイル・リゾートは、1997年に現在の法人形態となったが、不動産事業との連携や年間パスを前面に押し出したCRM展開など従来にない事業展開を行う事で、現在では米国、カナダ、オーストラリアに計15の世界でもトップクラスのスキー・リゾートを運営するに至っている。

求められる新しい競争ルールでの取り組み

 これら企業が打ち立てた“立地だけに頼らない「隔離システム」”は、ホスピタリティ産業の競争ルールを根底から変えてきている。これら新・競争ルールの世界では、従来のビジネスモデルに立脚した競争力は、ほとんど喪失し、生産性も段違いとなる。

 国際化は、単に観光客が来るだけでなく、事業も「インバウンド」されることを考えれば、我が国においても、ホスピタリティ産業の競争ルール変更を認識し、それに対応した事業展開が求められている。

写真1 コンドミニアム事業による施設整備例(米国オーランド)/筆者撮影

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 (参考:宿泊業における競争ルール変更例)
 米国での宿泊事業の主体は不動産事業とホテル事業を組み合わせたコンドミニアム事業へと変化している。固定資産となる不動産を証券化し、投資にも利用にも使える物件とすることで、大規模な資金調達を迅速に行えるようになると共に、ホテル運営事業者は「運営」にその業務を特化することが出来るようになった。

※一部、多店舗展開するホテル事業者が存在するが、その多くは、純粋な宿泊事業者ではなく、鉄道会社や不動産会社などをバックに持ったものである。