宿泊税議論 再び
私が年末年始の本コラムを担当するようになったのは2019年の年始コラムからである。
振り返れば、2019年という年は、新型コロナのパンデミック前の1年間であり、観光に関わる様々な事象が「過去最高」と言われるような1年間であった。私は2019年12月の当コラムにおいて 「令和時代の観光地域づくりに向けて」と題し、観光が大きな成長をする中で発生している「成長痛」への対応が必要なことを述べた。
が、その3ヶ月後、世界は、新型コロナによるパンデミックによって強制停止されることになった。紆余曲折を経て、観光は世界的には2022年、我が国においても2023年には復活し、2024年1〜11月で、2019年の年間訪日客数を上回る水準となっている。もはや、パンデミックの記憶は遠いものとなっており、新たな観光政策が多く展開されるようになっている。
その政策展開の原動力となっているのは、2019年に導入した国際観光旅客税である。パンデミック中は、ほとんど税収が無かったが、国際観光の回復と共に税収も回復。パンデミック後の観光政策における基幹的な財源となっており、地方での観光政策の展開にも広く使われるようになっている。
しかしながら、観光が地方自治体において重要な政策課題となる中で、国からの財政支援のみに依存することの限界も出てきている。例えば、DMOは、今日の観光振興において重要な組織となっているが、DMOが実効的に機能するには、人材と事業費の安定的な確保が不可欠である。しかしながら、少子高齢化の進展によって、地方自治体の財政状況は逼迫しており、固定費として観光政策に投入できる資金的余裕は乏しい。限られた行政予算を観光政策に投入するには、他部門の予算を割愛するか、国などからの補助金に頼らざるを得ない。前者であれば、住民サービスを低下させることになるし、後者では持続的な予算投入は保証されない。
こうした状況の中で、2024年は、観光政策、特に地域のデスティネーション・マネジメントに関わる仕組みが大きく変わる「可能性」が生じた年となった。それは、地方自治体における観光財源、端的に言えば「宿泊税」の導入である。宿泊税導入に関する議論は、パンデミック前にも存在していたが、パンデミックで中断。観光が本格回復した2023年ごろから、各地での議論が再開するようになっていた。
宿泊税は必要条件でしか無い
私はパンデミック前後で宿泊税導入に向けた研究会を組織し、その導入プロセスや税制上の課題についての研究、実践に取り組んできた。北海道倶知安町は、その一つである。パンデミック前ギリギリでの導入となり、パンデミック中の税収は限定的であったが、基幹財源があることからパンデミック中にもDMOの体制強化が行われ、その後の観光需要回復期にブーストをかけることに成功している。人口16,000人の地方の「町」が、4億円以上の宿泊税収を得て、それが観光振興に再投資されていることは、一つの「成功例」と呼べるだろう。
ただ、宿泊税は導入すれば、どの地域でも倶知安町のような展開が出来るのかと言えば、そうではない。宿泊税という「原資」の確保は、持続的な観光振興、デスティネーション・マネジメントの実施に必要条件であるが、十分条件ではないからだ。
まず、認識しておきたいのは、新税から得られる税収は実は硬直的だということである。例えば、宿泊税に近い性格を持った財源に入湯税があるが、市町村別に、その中長期的な推移を見てみると、大きな変動はほとんど起きていない。もちろん、観光客数の増減による変化はあるが、その「増減」は極めて緩やかであり、税収額はほとんど変化していない。これは、観光振興に特化した超過課税を導入した地域も同様である。例えば、釧路市は阿寒湖温泉において、2015年に入湯税の超過課税を導入し、それを同地区の観光振興に投入してきたが、導入時の2015から2019年まで、ほぼ税収は変わっていない。税収同様に、行政支出(予算/経費)も、硬直的となりやすい。一度、予算として割り当てられると、前年踏襲で次年度以降も予算組がなされがちだからだ。例えば、行政商工部門の人件費など行政にとっての義務的経費に充当する判断をする自治体もあるだろう。これは、自治体での観光政策を拡充するものではあるが、一度つけた予算を、将来的に削減することは難しい。
つまり、宿泊税からの税収は、導入時の規模で概ね確定される。また、基本的な使途も、初期段階で固定化されやすい。よって、宿泊税が、継続的な観光地域づくりに繋がる原資となるか否かは、初年度の使途をどのように設定するのかということに掛かっている。
新しい戦略構想が必要な世界へ
では、どのような使途設定が良いのだろうか。
せっかく得た税収である。これまで手を回すことが難しかった事業に投下したいと思うことが多いだろう。二次交通の充実、イベントの実施、新しい観光コンテンツの開発…などなど。これらは、それぞれ「必要」な取り組みではあるが、国などの補助金でも実施できる取り組みである。
私は、宿泊税という自らの財源は、自地域の観光地域づくりに関わる「経営資源」を増やすことに投下すべきだと考えている。優秀な人材とチームがDMOにあり、適切な統計データが収集分析され、競争力ある事業者が地域にあれば、自ずと「強い」観光地を創っていくことが出来、それは宿泊税の増収に繋がっていくからだ。経営資源は、観光政策を実施したら勝手に育つわけではない。人材の確保と育成には、資金だけでなく中長期的な時間軸を持った人材マネジメントが必要となるし、統計データの収集にも分析にもノウハウが求められる。競争力をもった事業者の集積には後半な産業政策との連動が重要となる。
すなわち、「経営資源を育てていく」という発想を主軸においた戦略の立案と実践が出来るか否かが、これからの観光地域づくりを左右することになるだろう。これは、これまでの観光計画とは一線を画する取り組みとなる。
我々は、新たな地平に居る。
後年、振り返った時に、2025年という年が「観光地域づくりが変わった年」と認識されるように取り組んでいきたい。