まちづくりと観光事業の間にある壁⑨ 対処療法型の観光振興で本当に良いか?[コラムvol.376]

 コラムでは、時事的な話題を扱うというよりは、地域のまちづくりや観光振興にこれまで携わってきた経験や体験などを通して、少し長い目で見たときに大切なことは何か、私自身が得た気づきなどを伝えたいと思っている。どちらかというと、観光の盛衰や注目の話題、流行などに左右されないテーマを扱うことを心がけている。

 そうした中で、少し気になる観光の話題と言えば、「オーバーツーリズム」かもしれない。正直この新たな用語を自信を持って説明もできないが、各地での状況を見て聞くたびに、一部の現象を除いては、かつてから観光地で生じていた問題ではないかと思うことも少なくない。

 今日起きている現象を詳らかに把握し、問題の要因特定に努めることは勿論大切と考えるが、それをもとに対処法を検討していくだけで本当に望ましい地域の暮らしと観光振興は両立し得るだろうか。

 以下、これまでも取り上げた近江八幡の事例から、一緒に考えていきたい主な事項をほんの少しだけ触れて今回のコラムを終えることとしたい。

地域自らがどのような観光が良いか、そのあり方を定めているか?

  • 近江八幡市が1999年に実施した市民に対するアンケート調査結果(1)によると、近江八幡市の観光振興のあり方として、市民の43.4%が「観光客増加に躍起にならない観光」と回答している(図表1)。
  • 近江八幡市が2006年に策定した観光振興計画では、近江八幡市の観光を「近江八幡市の暮らしと文化を観ること」と定め、「特定の施設による集客観光ではなく、市のまちづくりの基本理念「誰もが住んで良かった、ここで生涯を終えてもよいと思えるまち」を目指し、それによって創造される「暮らしと文化の豊かさ」を資源とし、観光を展開しようとする」(2)とされている。
  • 2013年に改訂した観光振興計画では、「今後の方向として、まちづくり観光の方向から、観光客の量的拡大をさらに追及するのではなく、現在の観光入込数を保持しながら、本市の歴史文化を深く味わおうとする来訪者の拡大を主要な目標とし、来訪目的性をさらに高め、滞在時間の拡大とリピート性を強化する方向を目指した取り組みを進めることとする」(3)と観光客数の増加に対する方向を明確にしている。

→住民の許容を超える程度まで過剰に観光客が増加した後ではなく、また観光客数の浮き沈みに左右されてではなく、地域の観光あり方、そもそも地域が何を観光客に見てもらいたいのかを明確にすることが重要ではないか (4)。現実問題、その場での対応は必要であるし、地域が方向性を定めても現実的にそのようになるかは別問題ではあるが。

図表1 近江八幡市の観光振興のあり方(1999年)
近江八幡市の観光振興のあり方(1999年)
出典:『近江八幡市総合発展計画改訂』に伴うまちづくりのための市民アンケート』平成11年

住民に対するアンケート調査は必要でも十分ではない?

  • 過去の資料を確認すると、近江八幡市民が求める未来像はこれまで12回把握されてきており、「観光リゾート都市」は1-3位に位置してきている(図表2)。
  • 現在の近江八幡の観光に対する考え方は、『近江八幡市観光振興計画』と同様、近江八幡観光物産協会のホームページ「観光に対する取り組みと考え方」においても明確に示されている。例えば「営利目的ではない」と。
  • 近江八幡市ではいわゆる営利目的だけの観光客誘致を行ってきませんでした。(中略)近江八幡市における観光は、観光客のための観光ではなく、市民を中心としたまちづくりの結果として生まれるものであり、まちの重要な資源である歴史や文化・自然・景観等に市民が愛着を持って守り育てながら、その資源としての価値を活用し、未来へとつないでいく営みです。

  • 図表2のアンケート調査結果は特に取り扱われてはいないが、元市長である川端氏の図書によると、ニーズには「本態性ニーズ」と「流行性ニーズ」の二つがあるとし、1969年に実施した青年会議所で実施したアンケート調査では、「堀を埋め立て駐車場にする」と「町の将来像は工業都市である」が約30%で第1位という結果であったが、流行性ニーズ、一過性のニーズとして捉え、堀の再生に進んでいる。

→居住者の意識を定期的に把握し、それに応じて対応策を講じていくことは重要であるが、また、そうしたアンケート調査と下図表の調査は性格を異にするものだが、観光地における住民の観光に対する意識調査結果を持って判断することが十分か、は考える余地があるだろう(状態管理には必要ではあるし役立つとは思ってはいるが)。

図表2 近江八幡市の未来像支持率の推移
近江八幡市の未来像支持率の推移
出典:「広報おうみはちまん」No.414、6月、近江八幡市活力創生部広報課、平成7年6月1日、p.2より作成

(1) 参考文献1)より
(2) 参考文献2),3)より
(3) 参考文献3)より
(4) 近江八幡からは離れるが、何百万もの人々が訪れるようになった小樽運河の保存運動に関わってこられた峯山氏は「私は観光に来る人たちにも何を見るかをはっきりさせて来て欲しいし、迎える側も来た以上はこれを見てくださいとう明確な考えを持たないといけない」と述べている。参考文献4),p.41

【参考文献】
1) 近江八幡市(2001):『近江八幡市総合発展計画』
2) 近江八幡市(2006):『近江八幡市観光振興計画』
3) 近江八幡市(2013):『近江八幡市観光振興計画』
4) かわばたごへえ(2017):『続・まちづくりはノーサイド』,文芸社
5)西村幸夫・埒正浩(2007):「峯山冨美-小樽―運河とともに生きるまちは過去・現在・未来に生きる人たちの共同作品」『証言・町並み保存』、学芸出版社、pp.27-50