その観光地は生きているか [コラムvol.276]
アムステルダム中央駅

官能都市

 自らの著作でも何でもないのだが、興味深い報告書に出会ったので紹介したい。「Sensuous City[官能都市]-身体で経験する都市;センシュアス・シティ・ランキング」※1。2015年9月、不動産・住宅情報サイトを運営する株式会社ネクストの社内シンクタンクである「HOME’S総研」から発行された調査報告書である。全文がネット上でフリーで公開され、これまでの巷にあふれる「住みたい街ランキング」とは趣の異なるその意欲的な掲載内容が(主に都市計画・まちづくりに係るコミュニティで)話題となっている。

 同ランキングは全国134の都市を対象とした住民アンケートを元に計算され、総合ランキング及び8つのカテゴリー別のランキングが発表されている。ちなみに総合ランキング1位は東京都・文京区、2位は大阪市・北区だ。

 さて、センシュアス・シティ・ランキングは、どこがこれまでのランキングとは違うのか。それは、都市を評価する価値観である。報告書内では社会デザイン研究家・三浦展の言説から、経済性・効率性を重視する都市の価値観をアトム的、風土や原風景など土地の文脈を重視する価値観をジブリ的と表現しているが、同ランキングでは、これまでアトム的評価が中心であった都市の評価に対してジブリ的評価を加える、あるいは置き換えることを試みている。都市に対するそうした考え方について、これまで情緒的に語られることはあったとしても、定量的に評価をした例は少ない。そこに切り込んだ今回の試みは、画期的といえるだろう。なお、本ランキングの評価指標には、「平日の昼間から外で酒を飲んだ」「素敵な異性に見とれた」など、かなり攻めた内容のものも入っているので、是非詳細を報告書で確認していただきたい。

 ※1 http://www.homes.co.jp/souken/report/201509/

“sensuous” は、英語で「感覚の」「五感の」「官能的な」の意。

夜の市長

 この話の流れで紹介したい、海外での取組がある。オランダ・アムステルダムで2002年から始まった「夜の市長[Night Mayor(英)/ Nachtburgemeester(蘭)]」制度※2だ。

 夜の市長は、昼の市長(本当のアムステルダム市長)公認の制度で、現在は投票で選ばれたミリク・ミラン氏が4代目の市長を務めている。その役割は、昼の役所と夜の街の橋渡し役である。近年、クリエイティブ・シティ(創造都市)という概念が日本でも浸透しつつあるが、アムステルダムはその先駆けとしても知られている。その一環としてこの「夜の市長」制度があり、その発想の根源には街の文化の熟成にはナイトカルチャーの充実が欠かせないとの考えがある。

 夜の市長はナイトカルチャーの代弁者であり、普段届きにくい夜の街の声を役所や市議会、そして直接市長に届けることが求められている。事実、ミラン氏が就任以来、クラブ運営の規制緩和やルール改正など数々の変化が街には生まれた。昼の経済が活性化すれば、夜の景気が良くなる。夜の文化が盛り上がれば、昼の魅力も厚みを増していく。そうした好循環がアムステルダムで生まれている。

 ※2 http://nachtburgemeesteramsterdam.nl/english/

生きた観光地を評価したい

 紹介した両者に共通するのは場所の魅力を重層的に捉える見方だ。都市や街にとって経済面はもちろん重要で、無くては死んでしまうものだが、経済効率だけを追い求めていると失ってしまうものもある。その失いかねない周縁の部分、あるいは物語のような、そうしたソフト部分が実はとても重要であり、両者はそこを積極的に、そして正面から評価した。

 現在、当財団で持続可能な観光地のための指標開発を進めている。その目的は、観光地が持続的に繁栄するための健康診断項目を作ることだ。ただその中に、本当に生きた観光地を評価する指標がどれだけ組み込めているのか。観光地こそセンシュアスでクリエイティブな部分を大事にしなくてはならないはずだ。行儀のよい、理論・形式だけの指標は必要ない。今後の研究にあたって大きな課題を突き付けられた思いがしている。

ams1

アムステルダム中央駅

ams2

アムステルダム市内を流れる運河