指標研究最前線 ~ヨーロッパの動向~ [コラムvol.232]
図1 指標の導入にガイドブックは十分に役立ったか (n=24)

 私たちJTBFでは、国内観光地への持続可能性指標の導入に向けた研究を進めています。その中から前回のコラムでは、カナダのリゾート地・ウィスラーでの取り組み事例を紹介しましたが、今回は単体の観光地ではなく複数の観光地で一斉に取り組んでいる事例についてご紹介してみたいと思います。

欧州委員会(EC)の取り組み

 まず、「持続可能性指標とは何か」については、機関誌「観光文化」の特集号※1および研究員コラム※2での説明に譲るとして、ここでは「観光地が持続的であるために、観光客の満足度や地域経済の状況、地域資源の状態、住民の意識などを測る客観的なものさし(指標)」とだけ説明をしておきます。概ね20程度の指標を設定して継続的に測定し、結果を分析することでその観光地が持続的(健全)であるかどうかを診断、必要な施策へとつなげていくことが指標活用の主な目的です。

 こうした指標活用は、1990年代頃から世界各地でおこなわれるようになりますが、その最新の動向とも言えるのが、欧州委員会による「ETIS」導入のプロジェクトです。ETISは、European Tourism Indicator System(欧州版観光指標システム)の略であり、①指標導入のためのガイドブック、②27の重要(コア)指標項目、③40の選択(オプション)指標項目、④指標データの保存フレーム、の4つで構成されています。観光地間の競争がグローバル化する中で、指標の活用を通じてヨーロッパ全体の地域ブランドを向上させていくことを目的に、2013年度から本格導入に向けた試行が始まりました。

ETISプロジェクトの中間報告

 2013年7月から2014年4月は同プロジェクトの第1期試行期間と位置付けられており、全部で104の観光地がETISを使った指標導入に取り組みました。その中間報告から、今回2つの結果をご紹介したいと思います。

 まず、指標導入のためのガイドブックについては、65%の観光地が十分な内容であったと認めています。一方で、重要(コア)指標項目および選択(オプション)指標項目について33%の観光地が改善の余地があると回答しており、ここからは、一定の成功を認めつつも、まだ完成形には至っていないETISの現状が見えてきます(図1および図2)。

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図1 指標の導入にガイドブックは十分に役立ったか (n=24)
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図2 ガイドブックの改善すべきと思う箇所 (n=24)

 一方で、地域の中心に立って指標導入を進めるコーディネーターへのアンケートからは、83%のコーディネーターが指標の導入過程において困難を感じることがあったと回答しており、特に地域関係者との調整事項における課題が多く挙げられました。このことから、いわゆる観光地づくりの取り組み同様、指標導入の取り組みにおいても、地域内の人間関係が重要なポイントとなっていることが分かります(図3および図4)。

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図3 コーディネーターとして、指標導入の過程で困難を感じたか (n=24)
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図4 指標の導入過程において、コーディネーターが特に困難に感じた内容 (n=24) ※ グラフの数値は「非常に困難」、「多少困難」、「ほぼ困難なし」の回答結果を元にJTBFが得点化

国内の観光地はどう指標に取り組むか

 ETISの成否はまだ見えていない部分が大きいですが、今後、国内の観光地での指標導入を検討する際に、現時点で参考になる部分はどこにあるでしょうか。その一つは世界共通の枠組みをベースに地域版を作った点にあると私は考えています。

 ETISでは、世界観光機関(UNWTO)を始めとした国際機関等が整理を進めてきた、指標開発・導入における国際基準は踏まえながらも、そのままではないETISという“別”システムを構築しています。その理由は、ベースとして大事な「共通部分」は認めつつも、地域をアピールするためには、アレンジが必要だったということかと思います。

 30年近くに渡る指標活用の実践事例の中から、観光地が持続的であるために重要な「共通する」指標はある程度見えてきていますし、その他ethical(倫理的)な観光地として今後求められていく指標など、全世界共通で重要な指標というのはほぼ定まっており、国際基準にもそれらは当然入ってきます。

 ただし、それらの指標は基本的に「やらなくてはいけない」指標であり、観光地にとっては、“宿題”のようなものです。それに取り組むことは、“優等生らしい観光地”のアピールになったり、中長期的な観光地としての持続性につながったりはしますが、それらの短期的なメリットの見えづらい指標を示すだけで自発的に取り組みたい観光地がぞろぞろと出てくるとも思えません。

 とすれば、国際基準はベースに据えつつも、いかに地域が取り組みやすいようにプロセスを改良するか、また地域の長所が目立つような指標を入れ込んでいくか、といった形で地域版のアレンジをしていくことが、参加地域を増やすためのポイントになってくるのではないでしょうか。

 国内の観光地が指標導入に取り組む場合でも、これは同じだと思います。さまざまな既存の事例からの知見や国際機関等による整理をしっかりと踏まえながらも、最終的にその観光地がもっとも取り組みやすい、地域の関係者にも前向きに求められるような“日本版”、あるいはその“観光地版”の指標システムについて検討していくことが重要だと感じています。

※1 観光文化216号「指標を活用した持続可能な観光地の管理・運営」 (https://www.jtb.or.jp/book/tourism-culture/tourism-culture-216indicator/

※2 研究員コラム vol.207「指標を活用した持続的な観光地の管理・運営」 (https://www.jtb.or.jp/column/column-indicators-shimizu/