観光地におけるサード・プレイスを考える [コラムvol.321]

 今年も「旅行年報2016」が発行となりました(注1)。日本人の旅行動機としては「日常生活から逃れるため」(60.1%)が「旅先のおいしいものを求めて」と並んで上位に挙がっています。
 旅行に出かけない休日も、職場と自宅の行き来だけの生活から逃れるために、自宅ではないどこか別の場所に身を置きたいという願望があります。筆者にとっては、それが近所にあるホテルのラウンジやカフェであることが多いですが、旅先でも宿泊先の部屋と目的地以外でゆったり過ごせる場所はとても重要な位置づけであり、「どこで行って何をするか」よりも「居心地の良い空間でゆったり過ごすこと」が旅行の第一目的になることもあります。

図1 旅行の動機
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出典:「旅行年報2016」p66,(公財)日本交通公社

サード・プレイスとは

 このように、自宅でもなく職場でもない第3の場所のことをサード・プレイスと呼びます。アメリカの社会学者であるRay Oldenburg(1989)(注2)が提唱した概念で、「都市には都市居住者にとって生活上欠かせない「2つの居場所」(家、職場や学校)に加え、居心地の良い3番目の場所「サード・プレイス」が必要であり、サード・プレイスのあり方が都市の魅力を大きく左右する」としています。Oldenburgは、サード・プレイスの代表例として、フランスやイタリアのカフェ、イギリスのパブなどを挙げ、市民の多くがそこを憩いと交流の場として利用しているとしていますが、サード・プレイスの必要性とそのあり方は国によって大きな差があるとも指摘しています。

 日本の場合は、カフェや居酒屋、図書館、公園などの他に商店街や街路などもサード・プレイスであると久繁氏(2011)は指摘しています(注3)。さらには、どういった場所をサード・プレイスとして認識するかという点については、性別や年齢、経済力によっても異なるようです。

 このサード・プレイスは建築学や都市計画の分野ではよく議論されており、住民にとってなくてはならない存在とされていますが、筆者は観光地にとっても重要な要素であると考えています。

観光地にとってのサード・プレイス

 「旅行年報2016」によると、旅行先での活動としては、「自然や景勝地の訪問」(49.5%)、「まち並み散策・まち歩き」(49.1%)、「ショッピング・買い物」(48.1%)と続きますが、それらの活動中はお茶をしたり、休憩をする時間も含まれると考えられます(注4)。その時間配分や重視度は同行者やその時の旅行の目的によっても異なりますが、普段の忙しさから解放されることを目的とした旅行の場合、居心地がよくて、ゆっくり過ごせる場所や空間の有無はその地域の印象を大きく左右します。先に挙げたカフェや居酒屋、公園、路地裏、ホテルや観光施設の中でのちょっとした休憩スペースなどはその例です。Oldenburgによると、サード・プレイスは様々な交流が生まれる場であるとしていますが、観光地に置き換えてみてみるとこういった場所で観光客と地元の方との交流が生まれることも多々あり、少なからず観光地の印象に影響を与えているといえます。

 沖縄県をケーススタディとして当財団が実施した「リピーターの形成過程に関する研究」によると、リピーターの形成要因としては、①人的なつながり、②空間的なつながり、③食事の重要性、④いくつかの満足よりも一つの感動、⑤最初の印象の重要性などが指摘されており(注5)、お気に入りの場所があるという人の方が、そうでない人よりも再訪意向が高いという結果も出ています。また、来訪回数が多いほど現地での行動パターンは固定化し、なじみの場所を訪れる傾向にあり、なおさらサード・プレイスの役割は大きいといえるでしょう。しかしながら、観光地にとってのサード・プレイスの意義については先行研究も少なく、さらなる研究が求められます。

図2 リピーターの行動のパターン化
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出典:リピーターの形成過程に関する研究「自主研究レポート2007/2008」p17-p18、(公財)日本交通公社

旅行者にとってのサード・プレイス

 日本のサードプレイスとしては、居酒屋(屋台)やカフェが比較的どの世代にも利用される場所として挙げられ、先行研究も見られます。カフェは元々、フランスやイタリアの文化として根付いていましたが、今や日本にとってもなくてはならないものとなりました。個人的にも、何度も訪れる旅行先では、お気に入りのカフェがあり、そこでしか味わえないメニューや空間でゆっくりと時間を過ごすことも楽しみの一つです。

 いわゆる飲み物が出てくるカフェではありませんが、居心地の良い空間として紹介したいのが、新潟県十日町市あてま高原リゾート内にある「森のホール」です。ホテルベルナティオの隣にあり、「あてま森と水辺の教室ポポラ」のビジターセンターとして2010年にオープンした施設です。ふんだんに木が使われた建物は周囲の自然と一体化したデザインで、とても開放的な造りになっています。館内は周辺の自然や生態に関する展示と、ソファやハンモックなどが置かれたリビングのような空間が同居しており、不思議な居心地の良さがあります。もちろん、エコツアーや体験プログラムの参加者以外も自由に使うことができるため、昼寝をしたり、本を読んだり、利用者は思い思いの時間を過ごしています。

 また、観光文化231号の特集4でも紹介していますが、ここ数年、図書館は大きな変革をとげています。居心地の良い空間づくりのため、BGMを流したり、飲み物を飲めるようにしたり、インテリアに力を入れている図書館もあります。知の集積を生かした、様々な交流イベントなどが開催されている例もあります。温泉資料館を併設し、観光情報の提供も行う「草津町温泉図書館」や、まちに本を出し、本を通して交流をする小布施まちじゅう図書館の拠点としての「小布施町立図書館まちとしょテラソ」のように地域の特徴が現れている個性的な図書館は観光客にとっても今後さらに位置づけが大きくなることが考えられます。

写真 (33)

              写真 あてま高原リゾート内「森のホール」

サード・プレイスから広がる地域の新たな魅力

 Oldenburgはサード・プレイスの重要なキーワードとして、居心地の良さを挙げています。居心地は、その空間のデザイン、空気感、周囲の人の様子など複数の要素が絡み合って判断されるものですが、旅行先で居心地の良いサード・プレイスが見つけられるかどうかは再来訪意向を高める重要なポイントの一つになると考えられます。これまで、観光地とサード・プレイスの関係性について語られることはほとんどありませんでしたが、地域のサード・プレイスの魅力づくりや情報発信のあり方について、いま一度、意識してみてはいかがでしょうか。

注1:「旅行年報2016」p66,(公財)日本交通公社、2016年
注2:『The Great Good Place』Ray Oldenburg,1989年
注3:「都市にサード・プレイスを創る」久繁哲之介,Urban Study Vol. 46,2007年
通行目的以外の利用が制限されている日本の道路や、民間事業者が営利を求めて営む意識の強い商店街などでは、公共空間としての魅力が造成されず、必ずしもサード・プレイスにはならない場合もあるとしている。
注4:「旅行年報2016」p48,(公財)日本交通公社,2016年
注5:「自主研究レポート2007/2008」p17-p18,(公財)日本交通公社,2008年