地方観光地の人材不足にどう向き合うか ―地域単位で取り組む3温泉地の事例から― [コラムvol.541]

はじめに

人口減少が進む中、日本各地の観光地で人材不足が深刻化している。観光地で働く人材が確保できないことには、来訪する観光客に対し質の高いサービスを提供できないどころか、施設や地域の存続そのものが危ぶまれる事態となる。

人材不足への対応には、大きく2つの側面があるということができる。新たな人材を地域に呼び込む「確保」と、人材を地域で育て、長く働き続けてもらうための「育成・定着」である。これらに個々の施設で取り組むことも可能だが、人手が限られる中で、施設規模も小さい事業者が単独で十分な対策を講じることは容易ではない。こうした課題には、個々の施設の経営努力に加え、地域として協力して取り組むことが有効と考えられる。

本コラムでは、地域として人材不足の課題に取り組んでいる3つの温泉地の事例を取り上げる。それぞれの取組から、地方観光地における人材確保・育成・定着のあり方を考えてみたい。(写真提供:熊本県観光連盟)

事例① 黒川温泉 ―地域として採用し、地域として育てる―

熊本県阿蘇地域に位置する黒川温泉は、30軒の旅館が集まる小規模な温泉地である。黒川温泉観光旅館協同組合は、2020年以降、人材の確保と育成に組合全体として取り組む体制を整えてきた 1)

まず人材確保の面では、組合が取りまとめの役割を担っている。「黒川温泉おもてなし体験インターンシップ」2) ※2は、個々の旅館が単独で学生にアプローチするのではなく、温泉地全体としてインターンシップの募集を行う取組である。参加者は各旅館での仕事体験に加え、共通プログラムとして黒川温泉という地域そのものについて理解する時間を持つ。また採用面では、組合のウェブサイトに各旅館の採用情報が集約されており、複数旅館への応募も可能である。条件面ではなく、従業員の働き方や暮らし方、経営者の思いといった、その地域・その施設で働くことの意味が前面に出されており、「○○旅館で働きたい」という人だけでなく、「黒川温泉で働きたい」という人を受け入れられる仕組みになっている。

育成の面でも、組合は階層別のプログラムを用意している。新入社員が参加する「合同入社式」では、黒川温泉の歴史や地域資源に触れるワークショップを通じて、この地域で働く意義を感じてもらう。また中堅層向けには、次世代リーダー育成プログラム「黒川塾」を開催している。旅館の従業員にとどまらず、「地域の観光人材」としての視点や視座を養い、キャリア意識を醸成することを目的に、キャリアデザインの考え方、地域文化の理解、旅館の魅力づくり等に関連するカリキュラムを設定している。経営者層に対しても人材育成研修を実施し、各旅館での取組をサポートしている 1)

これらの取組の背景には、黒川温泉が長年大切にしてきた「黒川温泉一旅館」という考え方がある。温泉地全体を一つの旅館として捉える、地域一体での観光地づくりの思想である。料理やサービスといった個々の施設の競争領域は各旅館が切磋琢磨する一方、人材の採用・育成という、地域全体の持続性に関わる領域については、組合として面で取り組む。この役割分担が、黒川温泉の人材戦略の特徴といえる。

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黒川塾の様子※1

事例② 嬉野温泉 ―日本語学校が「嬉野で暮らす入口」になる―

佐賀県の嬉野温泉では、温泉旅館の敷地内に日本語学校が開校するという、ユニークな取組が始まっている。

この取組を進めているのは、嬉野温泉の老舗旅館・和多屋別荘である。同館の敷地内に2024年4月に開校した「ICA国際会話学院 嬉野校」は、文部科学大臣が認可した日本語学校で、アジア・中央アジアを中心とする海外人材に向けた日本語教育を提供する。学校の運営は外部法人が担うが、教室には和多屋別荘の現在使われていない宴会場を活用しており、温泉旅館と日本語学校が文字通り隣り合って存在している。

ただし、この日本語学校は旅館の従業員養成を目指すものではない。生徒は嬉野での就職や旅館での就職を目指して入学したわけではなく、日本語を学ぶ場所がたまたま嬉野にあったにすぎない。しかし、嬉野で暮らす中で愛着を抱く学生、学業の傍ら旅館でアルバイトをすることで旅館での就職を視野に入れる学生も現れている。学生のアルバイトは目下の人材不足の解消にもつながっており、地域にとって現在と将来の双方に意義がある。

当初から「嬉野で働きたい」と思っている人を集めるのではなく、まずは「嬉野で暮らし、学ぶ」という入口を地域として用意することで、結果として地域に根づく人材が育つ可能性を広げるという嬉野温泉の取組は、海外人材との接点づくりにおける一つの新たな試みといえるだろう。

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旅館の宴会場フロアを活用した日本語学校

事例③ 草津温泉 ―外国人材を「労働力」ではなく「同じ地域の住民」として迎える―

群馬県の草津温泉は、人口約6,000人の規模で、年間約400万人の観光客を受け入れている、観光に特化した町である。その担い手として外国人材の存在感が年々大きくなっており、現在では町の人口の約1割以上を外国人が占めるとされている3)

草津温泉観光協会DMOには、2016年に発足した人材育成部会がある。合同入社式、若手従業員と地元住民が交流する月例イベント「あつまらナイト!」、地域の観光要素や生活のヒントを盛り込んだ動画制作など、地域全体で人材を確保・育成・定着させるための取組を継続してきた。

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あつまらナイト!の様子※3

近年、人材育成部会が特に力を入れているのが、外国人材との共生である。職場での外国人スタッフの受入れは進む一方で、家族(特に日本語に触れる機会の少ない母親等)の地域への溶け込み、ごみ出しなどの生活ルールの共有、食文化の違いへの相互理解といった、暮らしの場面における課題が顕在化している。同部会会長の中澤牧子氏は、外国人材を「単なる労働力の補填ではなく、ともに地域を支え地域を作る仲間」として迎える必要があると述べている4)

こうした認識のもと、2025年5月には地元の旅館を会場に、地域住民・旅館関係者・行政・外国人住民らが一堂に会する多文化共生イベント「多文化共生会議 in 草津温泉」が開催された5)。母国文化の紹介や食を通じた交流が行われ、「同じ地域に暮らす住民」として顔の見える関係を築く第一歩が踏み出されている。

まとめ ―人材不足対応は地域全体の課題―

地方観光地における人材の確保・育成・定着は、もはや個々の施設の経営課題にとどまらず、地域全体で取り組むべき課題であるといえる。3つの事例から見えてきた、地域として人材の課題に取り組む意義・メリットを以下に挙げる。

  • 確保:旅館単体での取組では訴求力に限界があり、地域としての入り口やきっかけの作成が効果を発揮し得る。(黒川温泉のインターン・採用サイト、嬉野温泉の日本語学校)
  • 育成:個々の旅館を超えたコミュニティの中で、地域文化への理解を深め、自分なりのキャリアを描いていくことが、人材の長期的な成長と定着につながる。さらに、温泉地のように事業者がまちづくりに主体的に関与する地域では、こうした人材の育成は、地域そのものを担う人材の育成へとつながりうる。(黒川温泉の地域同期構想、黒川塾)
  • 定着:職場の中だけでなく、暮らしの場面における課題への対応が欠かせない。これは施設単独では対応しきれない領域であり、地域を巻き込んだ取組によって初めて成り立つ。(草津温泉の多文化共生)

これらの事例に共通するのは、人材を「事業者の従業員」としてだけでなく、「地域の担い手」「地域に暮らす住民」として迎え、育て、住み続けてもらうという考え方である。このように人材を地域全体で支えるという視点に立てば、長く働き、暮らす場としての魅力を、地域全体で高めていく必要があるといえる。

もっとも、これらの取組によって人材不足の解決に至れるかというと、課題は多い。地方の人口減少は今後さらに進み、加えて観光・宿泊業は人手不足が構造的な課題となっており、労働条件の改善も含めた対応が業界として問われている。このように地域単位の工夫だけでは解決し切れない問題も多く、より抜本的な改革や観点の転換が求められる側面もある。海外人材を地域の担い手として迎えるという発想についても、生活基盤を長期的に支え続けられるか、子の世代の教育・進路をどう保障するかなど、迎える側の責任は重い。これらの取組はまだ始まって間もなく、長期的な視点に立ち、課題と向き合いながら継続的に検討と改善を重ねていくことが求められる。

【参考文献】

  • 1) 黒川温泉観光旅館協同組合「キャリアサポート」黒川温泉採用情報サイト,
    https://www.kurokawaonsen.or.jp/recruit/support/
  • 2) 黒川温泉観光旅館協同組合「黒川温泉おもてなし体験インターンシップ」SMOUT,
    https://smout.jp/plans/17810
  • 3) 全国27市区町村で外国人住民が1割超 群馬県は大泉で21.3%、草津で10.5% 工業や観光の担い手に, 上毛新聞, 2025/11/7, 上毛新聞電子版,
    https://www.jomo-news.co.jp/articles/-/803545
  • 4) 公益財団法人日本交通公社(2025):「温泉まちづくり研究会2024年総括レポート」,pp.9-12,38-39.
  • 5) JICA東京高崎分室「多文化共生会議 in 草津温泉が開催されました!」JICA, 2025/6/5,
    https://www.jica.go.jp/domestic/tokyo/information/topics/2025/1570042_67054.html
  • ※1 黒川温泉観光旅館協同組合より写真提供
  • ※2 2025年度は「黒川温泉オープンカンパニー」として実施。
  • ※3 草津温泉観光協会より写真提供