「高付加価値旅行者」をどう捉えるか? ―観光政策の国際比較から考える日本の「100万円基準」― [コラムvol.547]

高消費層への期待

日本のインバウンド政策では、旅行者数の拡大だけでなく、消費額の増加、地方への誘客、持続可能な観光地域づくりが重視されている。その中心的な対象の一つが「高付加価値旅行者」である。観光庁は、着地消費100万円以上/人の訪日外国人旅行者を政策上「高付加価値旅行者」と位置づけ、地方への誘客に向けたモデル観光地の整備などを進めてきた(観光庁 2022;2023;2026)。本稿では、議論を明確にするため、この金額基準によって把握される層を「高消費層」と呼び、政策が期待する幅広い価値との関係を検討する。

この基準の背景には、少数の旅行者が大きな消費を生み出す市場構造がある。観光庁によれば、高消費層は2019年には訪日外国人旅行者の約1%にすぎなかったが、消費額の約11.5%占めた(観光庁 2023)。2023年には、人数の約2%消費額の約19%を占めている。一方、その消費は大都市圏に偏り、地方での消費が少ないことも課題とされている(観光庁 2026)。このため、高消費層への期待は、消費額の上積みだけでなく、その経済効果を地方へ波及させることにも向けられている。

ただし、高消費層であることが、直ちに地方分散や地域への貢献を意味するわけではない。消費総額だけでは、支出先や滞在のあり方、地域との関わり方までは捉えにくいからである。

こうした問題意識は、旅行者数や消費総額だけでなく、観光が地域社会や自然環境にもたらす効果を重視する近年の国際的な政策動向とも重なる(OECD 2024)。各国の公的資料では、「high-value visitor」「high-quality visitor」「quality tourism」などの用語が用いられているが、その定義や政策上の位置づけは一様ではない。そこで本稿では、用語そのものを比較するのではなく、旅行者が観光地にもたらす価値のうち、各国が何を重視しているのかに着目する。

OECDは近年の観光政策について、環境や地域社会への影響を管理しながら、観光の便益や旅行者の流れを新興観光地や閑散期へ広げ、持続可能かつ包摂的な観光を目指す必要があると整理している(OECD 2024)。この整理を踏まえ、本稿では、旅行者の「量」から「質」への転換を、単価の向上だけでなく、観光が地域にもたらす便益と負担の双方を踏まえて政策効果を評価することまで含むものとして捉える。

国際比較から見える「高付加価値」の三つの観点

各国の政策を比較すると、旅行者の消費による観光収入や地域経済への効果が重視されている点は、おおむね共通している。そのうえで、経済効果を地方や閑散期へ広げることを重視する政策や、地域社会、文化、自然への貢献まで視野に入れる政策もみられる。表1は、各国・地域の公的資料に示された主な目的と、それを具体化する数値目標、旅行者像、対象者の識別基準、評価方法を整理したものである。

表1 各国・地域の観光政策・取組の主な目的

国・地域 主な計画・取組名 公的資料に示された目的 目的を具体化する内容
シンガポール Tourism 2040/Quality Tourism 観光収入の拡大 2040年の観光収入を470億~500億シンガポールドルと見込み、観光収入を国際旅行者数より速いペースで成長させる方針を示している(Singapore Tourism Board 2025)。
オーストラリア THRIVE 2030 旅行者消費額の拡大と、地方部での消費拡大 国内旅行を含むvisitor economy全体について、2030年の旅行者消費額を2,300億豪ドル、そのうち地方部での消費額を950億豪ドルとする目標を設定している(Austrade 2023)。
ニュージーランド high-quality visitorの誘致 観光による経済・文化・環境・地域社会への貢献 high-quality visitorの特徴として、長期滞在、高額消費、複数地域・異なる季節への訪問、環境や地域社会との積極的な関わりを挙げ、こうした旅行者の誘致を重視している(Tourism New Zealand 2023:)。
カナダ Tourism 2030: A World of Opportunity/Traveller Segmentation Program 観光収入の拡大と、地域への経済的・社会文化的・環境的便益の創出 2030戦略に沿った対象旅行者の把握に向け、旅行消費額、旅行頻度、季節選好、活動に加え、旅行動機や価値観を組み合わせて旅行者を分類している(Destination Canada 2024a;2024b)。
タイ Sustainable Tourism Goals(STGs)/Sustainable Tourism Acceleration Rating(STAR) 所得分配、文化・環境の保全、観光事業者の持続可能性の向上 STGsは、国連のSDGsを観光分野に展開する目標。所得分配、環境保全、再生可能エネルギー、廃棄物削減などを含む17の項目から構成される。STGsを実行に移す仕組みであるSTARは、観光事業者をガバナンス、社会経済的影響、文化保全、環境への責任の4つの観点から評価している(Tourism Authority of Thailand 2025a;2025b)。
日本 地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン/モデル観光地事業 旅行消費の拡大、地方誘客、地域産業への波及、自然・文化・産業の維持・発展、雇用・所得の増加、域内循環 着地消費100万円以上/人を対象者の把握に用いる。また、知的好奇心や探究心の強さなどの定性的な特徴にも言及している。モデル観光地を選定し、地方での誘致・受入体制の整備を進めている(観光庁 2022、2026)。
注:「公的資料に示された目的」は、対象とした資料に記載された目的・期待される効果を要約した。「目的を具体化する内容」には、数値目標、誘致する旅行者像、対象者の識別基準、評価方法などを記載した。本表は各国・地域の観光政策全体を網羅するものではなく、政策の達成状況を示すものでもない。

ただし、表1に並べたのは、同じ種類の概念や施策ではない。シンガポールは国全体の観光成長の方向性、オーストラリアは国内旅行を含むvisitor economy全体の数値目標、ニュージーランドは政策上望ましい旅行者像、カナダはマーケティング対象を選定するためのセグメンテーション、タイは観光事業者側の評価枠組み、日本は旅行者を把握する金額基準と地域づくり施策である。本稿では、これらを同一の制度として比較するのではなく、それぞれが「どのような価値を重視しているか」という観点から横断的に整理する。その際、「対象者をどう識別するか」「旅行者にどのような行動を促すか」「誘致によって何を実現するか」は区別して捉える必要がある。

以上を踏まえ、本稿では、各国が重視する価値を、①旅行者の消費がもたらす「経済的価値」、②訪問地域、旅行時期、滞在期間といった「分散を含む価値」、③地域社会、文化、自然への貢献を含む「地域への総合的価値」の三つの観点から整理する。これは各国政府による共通の分類ではなく、本稿が比較のために設定する分析枠組みである。また、三つの観点は優劣や発展段階を示すものではなく、一つの政策が複数の観点にまたがる場合がある。

第一の「経済的価値」は、旅行者の消費額や観光収入を重視するものである。シンガポールの「Quality Tourism」では、旅行者数の増加以上に観光収入を伸ばす方針が示されている(Singapore Tourism Board 2025)。旅行者数の量的拡大だけに依存せず、経済的価値を重視する点では、日本の100万円基準と共通する。ただし、シンガポールは国全体の観光収入、日本は個人単位の消費額を対象としており、指標の単位は異なる。

第二は、経済的価値に、消費が生み出される地域、時期、滞在期間といった分散の観点を加えた価値である。オーストラリアの「THRIVE 2030」は、国内旅行を含むvisitor economy全体について、旅行消費額と地方部での消費額の双方に目標を設定している。このように、分散の観点では、消費額の大きさだけでなく、それがどこで、いつ生み出されるかが問われる。観光需要の地域・時期の分散は、混雑の緩和や地域への経済効果の平準化という政策課題にも関係する(OECD 2024)。

第三は、経済的価値と分散の観点に、地域社会、文化、自然への貢献を加えた「地域への総合的価値」である。ニュージーランドの「high-quality visitor」は、多く消費し、長く滞在し、複数の地域を異なる季節に訪れるだけでなく、文化、環境、社会、経済にも積極的に貢献する旅行者として説明されている(Tourism New Zealand 2023)。ニュージーランドは、三つの観点すべてが示された例といえる。一方、タイのSTGsとSTARは、特定の旅行者を金額で識別する仕組みではない。しかし、観光が地域にもたらす価値を、経済、社会、文化、環境などの側面から評価する考え方を示している(Tourism Authority of Thailand 2025a;2025b)。

カナダの取組は、こうした価値をもたらす旅行者をどのように識別するかという、三つの観点を横断する論点を示している。カナダは、所得や旅行頻度を中心とした「High-Value Guests」から、消費行動に加えて旅行動機や価値観も考慮する「Highly Engaged Guests」へと重点を移した(Destination Canada 2024b)。これは、旅行者の購買力だけでなく、動機、価値観、行動の組合せから捉えようとする見直しである。

日本の政策目的と100万円基準

観光庁は、高付加価値旅行者の誘致を、消費額の拡大だけでなく、地方への誘客、地域産業への波及、自然・文化・産業の維持・発展、雇用・所得の増加、域内循環などにつなげようとしている(観光庁 2026)。本稿で設定した三つの観点に照らすと、日本の政策目的は、第一の「経済的価値」にとどまらず、第二の分散を含む価値、さらに第三の「地域への総合的価値」にまで及んでいる。

また、観光庁は、高付加価値旅行者について、単に消費額が大きいだけでなく、知的好奇心や探究心が強く、地域の伝統・文化や自然に触れる体験を通じて、知識を深めたりインスピレーションを得たりすることを重視する傾向があると説明している(観光庁 2022)。このように、日本でも消費額を超えた定性的な旅行者像が示されている。一方、旅行者をデータ上把握する定量的な基準は「着地消費100万円以上/人」であり、知的好奇心や探究心、地方分散、地域還元への貢献は、判定条件に含まれていない。つまり、政策上示されている旅行者像と、データ上の識別基準は同一ではない。「100万円基準」は、旅行後の消費実績から高消費層の規模を把握する事後的な指標として機能する。ただし、誘致前の市場選定には、所得、旅行動機、価値観、過去の旅行行動など、別の情報も必要になる。

また、消費総額だけでは、地方分散や地域への総合的価値までは捉えにくい。総額は滞在日数に左右され、同じ金額でも、地方での宿泊・体験への支出と大都市での買い物とでは、恩恵を受ける地域や産業が異なる。逆に、100万円未満でも、地方を訪れ、地域産品や文化・自然の保全につながる体験に支出する旅行者が含まれる可能性がある。

したがって検証すべきは、100万円基準の該当者が地方分散や地域還元につながる行動をどの程度取っているか、また、基準外に政策目的との親和性が高い層がどの程度含まれるかという点ではないだろうか。

政策目的に照らして「高付加価値旅行者」を捉える

国際比較を通じて、日本の政策が高付加価値旅行者に期待する価値は、旅行消費額だけでなく、地方・閑散期への分散と、地域社会、文化、自然への貢献まで含むものとして整理できる。100万円基準は、高消費層を事後的に把握する明確な指標である一方、それだけで政策目的への適合性まで判断できるわけではない。

今後は別稿で、カナダのように旅行動機や価値観も視野に入れ、消費額、滞在日数、訪問地域・時期、費目別支出、地域との関わり方を組み合わせて分析し、100万円以上の層の内部差と、100万円未満でも政策目的との親和性が高い層の存在についても検証したい。

資料:筆者作成(画像はGoogle Geminiより作成)

【参考文献】

  • 観光庁(2022)「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」2022年5月
  • 観光庁(2023)「高付加価値旅行者の誘客に向けて集中的な支援等を行うモデル観光地11地域を選定しました~地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり事業~」2023年3月28日
  • 観光庁(2026)「訪日旅行での高付加価値旅行者の誘致促進」2026年3月23日更新
  • Australian Trade and Investment Commission(Austrade)(2023)“THRIVE 2030: The Re-imagined Visitor Economy Strategy,” 1 March 2023
  • Destination Canada(2024a)“Destination Canada’s 2030 Tourism Strategy: A World of Opportunity,” May 2024
  • Destination Canada(2024b)“The Traveller Segmentation Program: Segment Summary Deck”。
  • OECD(2024), OECD Tourism Trends and Policies 2024, OECD Publishing, Paris.
  • Singapore Tourism Board(2025)“Speech by Ms Melissa Ow, Chief Executive, Singapore Tourism Board, at the Tourism Industry Conference 2025,” 11 April 2025
  • Tourism Authority of Thailand(2025a)“TAT Celebrating 65 Years of Leading Thailand’s Sustainable Tourism Future,” 18 March 2025
  • Tourism Authority of Thailand(2025b)“Thailand Unites to Drive Sustainable Tourism Goals Towards 2030,” 21 July 2025
  • Tourism New Zealand(2023)“Australian visitors spending more post COVID,” 16 October 2023