観光計画をアートの世界から科学の世界へ [コラムvol.36]

2008.06.20

研究調査部 山田雄一
研究員コラム

◆切れ味のある観光計画・ビジョンになっていますか?

ネット上を徘徊していたところ、「でもしか観光」というキーワードに遭遇しました。
数十年前、社会一般に否定的な用語として流布した「でもしか教師」という言葉を彷彿をさせる言葉であり、観光「でも」やるかぁ。観光「しか」できない(から仕方なく取り組む)。という意識を示した言葉と整理できます。
正直、あまり、良い言葉とは思いませんし、取り組んでいる人々、地域に対して失礼な言葉と思いますが、実際問題として、地域によって、「観光」に対する意識・意欲には大きな差が存在しているのも事実であるとは感じます。

例えば、各地域の観光計画、観光ビジョンを見てみますと、その目的、目標がはっきりしないことが多々あります。もちろん、計画として、目的は示されていますが、非常に概念的、一般的なものであって、その地域が観光振興によって「何を」狙うのかは、今一、伝わってこないのです。地域名を他の地域に変更しても、成立してしまいそうなほど、「汎用的」なものとなっていると感じることが少なくありません。
また、その目的、目標を達成すべき施策群も、他地域での先進事例や、昨今のトレンドを取り入れた物がずらっと並び、その地域ならではの独自戦略は見出せません。

確かに、観光は、広く様々な分野に影響を及ぼすものです。よって、観光計画もそれだけ広範囲なものを扱う必要があります。行政が出す計画ですから、各所に配慮も必要です。
ただ、そのことと、計画は総花的で切れ味が無くても良い。ということにはなりません。
昨今の環境において、観光振興による地域づくりは、そう簡単ではないからです。

◆一人の雇用を生み出すために必要な観光客数は何人?

例えば、地域経済が疲弊するなか、観光振興にかける期待の一つは、「観光振興による地域経済の活性化」でしょう。
地域経済の活性化自体、何を持って「活性化した」と考えるかという議論はありますが、例えば、雇用者数の増加というのは、とてもわかりやすい指標の一つと考えます。

観光振興がなされる→地域でのサービス業が振興する→雇用者数が増える

といった流れです。

ただ、この流れを実現するには、果たして、どれだけの観光客数が必要になるのでしょうか。

現在の給与所得者の平均年収は概ね450万円程度です。この給与所得者を雇用する事業者は、当然ながら、この支払い給与以上の売上高が必要です。事業を行うためには、事務所の賃料、パソコンや電話などの費用、広報宣伝費などが必要であるからです。これら含めた売上高は事業内容や規模によって異なりますが、概ね人件費の2~3倍が必要とされています。
となれば、仮に450万円の給与を払い人を1人雇用するためには、900~1,350万円の売上高が必要となります。ここでは、計算を簡単にするために、「1人の雇用のためには1,000万円の売上高が必要」と設定してみましょう。

次に、年間に何日営業できるかを考えてみましょう。1年間は365日ですが、観光には季節変動がつき物です。更に、天候による差も激しい。そうしたことをふまえて、営業日数を200日と設定しましょう。(なお、これは「週休二日勤務-祝祭日-有給休暇」での就業日数とほぼ同数です。つまり、過小ではありません。)

以上より、1,000万円の売り上げを200日で上げなければならない事がわかります。
よって、1人を雇用するには、1日あたり平均5万円の売り上げが必要な事になります。

では、この平均5万円の売り上げはどのようにすれば達成できるのでしょうか? ここで、観光客1人あたりの消費額、つまり、客単価が重要となってきます。
比較的、消費額の大きい宿泊施設であれば、客単価1万円として、平均5人の宿泊客という計算になります。これは、なんとかいけそうですね。(但し、宿泊施設の場合、施設部分の投資額が大きいため、現実的には、より高い売上高が必要です)

では、飲食(昼食)、物販、体験プログラムなどの想定して客単価が千円の場合はどうでしょう。この場合、平均50人の観光客が必要となります。50人という数字は、観光バスにフル乗車状態。自家用車なら、20~25台は必要という規模になります。これを営業日には毎日達成するというのは、そう容易なことではないでしょう。(念のため繰り返しますが、これは1人の雇用に必要な人数です)

さらに厄介なのは、観光商品の多くは「在庫が出来ない」。つまり、単位時間あたりに対応可能な人数は、商品によってあらかじめ決定されてしまうということです。観光客の少ない平日に「作りだめ」しておいて、週末に多量に販売することは出来ないのです。
このことは、「平均50人」は、非常に分散を抑えた状態で達成しなければならないことを示しています。季節や曜日、天候による変動が激しい観光分野において、このハードルはとても高いものです。

◆観光計画をアートの世界から科学の世界へ

以上、簡単なモデルを使って示してきたように、観光振興によって地域経済の活性化を達成することは容易なことではありません。今回は触れていませんが、仮に目的を、経済面ではないもの。例えば、地域住民の誇り、郷土意識の高まりといったものに設定したとしても、それはそれで同様の困難が存在していると考えるべきでしょう。

冒頭で述べたような「でもしか観光」の意識では、これらの目的を達成することは到底出来ない状況にあるのです。そこには、戦略的な視点と総合的な取り組みが必要です。

残念ながら、多くの観光計画は、統計調査結果などに基づくものではなく、カリスマ的な人材がつくる一種のアートの世界でした。アートであったため、その水準を図る術がなく、また、人による理解の差も大きい事が、前述したような計画が多く作り出してしまった要因の一つと考えられます。

しかしながら、近年、サービスマーケティングや社会科学の進展により、観光地づくりに関する知見(ノウハウ)は飛躍的に充実してきています。今後は、こうした技術を積極的に導入し、観光計画をアートの世界から科学の世界へと転換していくことが必要ではないでしょうか。科学の世界の良いところは、カリスマ的な人材に頼らなくても、地域の人々の熱意さえあれば、戦略的で実効的な計画が作れることにあります。

こうした取り組みが広まることで、魅力的であり活力に満ちた観光地が増えることに期待したいと思います。

 

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