「命」を考える観光 ~山口県長門市におけるテーマ観光の可能性~ [コラムvol.345]

2017.05.15

観光政策研究部 主任研究員 牧野博明

 本年1月に、山口県長門市を訪れる機会がありました。長門市といえば、最近では2016年12月15日(木)~16日(金)に日露首脳会談が行われたこと、そして2016年9月2日には「長門湯本温泉観光まちづくり計画」が発表されたことで注目を集めている地域です。このほかにも、詩人・金子みすゞの生家(現在は記念館として活用)、2015年3月30日にCNNが発表した「日本の最も美しい場所31選」に選ばれた「元乃隅稲成神社」(写真2)をはじめ、魅力的な観光資源を有するところですが、全国的にはあまり知られていない観光地ではないかと思われます。私も隣県の生まれでありながら、今回初めて足を踏み入れた地であり、自らの勉強不足を強く感じました。

 長門市を訪れ、地域の方のお話をうかがい、長門市ならではの魅力を認識いたしました。そこには、従来の周遊観光とは異なる新たなテーマ観光の可能性が秘められているように思われます。特に、日本人観光客はもちろん、外国人観光客にも共感を与えられるものと考えられます。

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写真1 日露首脳会談の会場(「大谷山荘」内)

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写真2 元乃隅稲成神社

金子みすゞが遺したもの

 金子みすゞと言えば、切なさやもの悲しさが感じられる言葉の中に大切なことをストレートに伝える詩が多く、そのことが多くの人々の心に響きます。代表作を1つに絞るのは難しいのですが、東日本大震災発生直後にテレビやラジオで頻繁に流れていた「こだまでしょうか」を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。この詩は、心を痛めている人に救いの手をのべるような印象を与え、ここから人間の悲しみややさしさ、「命」の大切さを学び取ることができるのではないかと思います。

 「金子みすゞ記念館」(写真3)の矢崎館長によると、このような想いに共感する人が記念館及び長門市・仙崎地区に多く訪れているとのことです。そして平成8年度からは、全ての国語の教科書に金子みすゞの詩が掲載されるようになり、それ以降の世代の人(32歳以下)は皆、金子みすゞの世界観を体感するようになりました。最近では、関西方面から訪れる30歳前後の女性が増えているとのことです。さらに、詩集は11カ国語に翻訳されており、中国では小学校の教科書に載っているとのことです。現段階ではまだ「金子みすゞ」目的の外国人観光客はほとんどいないとのことですが、将来的には詩に共感した人が訪れるかもしれません。今後の外国人観光客の増加も期待されます。

写真3 金子みすゞの生家(現金子みすゞ記念館)

写真3 金子みすゞの生家(現金子みすゞ記念館)

全国にも珍しい「鯨墓」

 「命」の大切さを感じられるのは、記念館だけではありません。仙崎地区から北側の青海島は、かつて捕鯨で栄えた港町でした。鯨の中には胎児を抱えた母鯨もいましたが、それらも例外なく捕獲されました。生活のためとはいえ、胎児まで犠牲にすることに心を痛めた住民は、青海島の山の斜面に胎児を弔う「鯨墓」(史跡、写真4)を設置しました。全国的に見ても、鯨の胎児の墓は珍しいと言えます。

 この「鯨墓」の弔い役を担うのは、近くにある「向岸寺」という浄土宗のお寺です。「鯨墓」は、西方向にあたる仙崎湾に向いて建てられているのですが、これは母なる海を眺められるためとも、浄土宗に謳われている「西方極楽浄土」を向いているためとも言われています。

 また、近くには「日露兵士の墓碑」があります。日露戦争において犠牲となった日本兵の墓碑(常陸丸遭難者の墓碑)とロシア兵の墓碑(露艦戦士の墓碑)が並べて建立されており、国によって区別することなく犠牲者を弔っています。ここからも、「命」を重要視する姿勢がうかがえます。

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写真4 鯨墓

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写真5 鯨墓近くにある「くじら資料館」

生活の中にお寺が溶け込んだまち

 山陰本線の支線が通る仙崎地区(写真6)は基本的に平地であるため、階段がほとんどありません。地区内にはお寺がいくつか存在しますが、山の奥深くではなく、日常生活の中に存在します。そのため、昔から「子供のための宗教」としての役割を担っており、「命」の大切さを伝えることや胎教なども行われていたと言われています。「命」というつながりにより、地元のお寺は金子みすゞをとても大切にしています。

写真6 長門市仙崎の街並み

写真6 長門市仙崎の街並み

健康保養の地

 長門市内には5つの温泉(長門湯本温泉(写真7)、俵山温泉、湯免温泉、黄波戸温泉、油谷湾温泉)があります。それぞれが特徴を有するのですが、そのなかの一つである俵山温泉は、リウマチや筋肉痛、疲労回復、健康増進などに効果があるため、スポーツ選手にも利用されているとのことです。これも「命」につながる重要な要素と言えます。

写真7 長門湯本温泉と音信(おとずれ)川

写真7 長門湯本温泉と音信(おとずれ)川

「命」をテーマとする旅の可能性

 これまでに述べてきたように、長門市内には「命」の大切さについて考える・学ぶことができる多くの資源・環境が存在します。残念ながら、現在はそれぞれが「点」として存在している状態ですが、これらを結びつけることによりテーマ性がより明確となり、「命を大切にする旅」「自分を見つめ直す旅」などが提案できるようになると期待されます。

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