そこは景色か、目的地か。つくば霞ヶ浦りんりんロード走行記 [コラムvol.483]

11月初旬、茨城県の「つくば霞ヶ浦りんりんロード」を、自転車を持参して訪問した。

つくば霞ヶ浦りんりんロードは、JR岩瀬駅からJR土浦駅、さらに霞ヶ浦西浦の湖岸全周と、その東端からJR潮来駅・水郷潮来バスターミナルまでを接続するサイクリングコースである1)。2021年度の利用者数は110,000人と推計されており、2015年度から毎年度増加を続けている1)。2019年には、「日本を代表し、世界に誇りうるサイクルルート」である、ナショナルサイクルルートの指定を受けた。

つくば霞ヶ浦りんりんロードとは?

北端から南端までの距離はおよそ180kmである。その内部には初心者向けから熟練者向け、平坦からヒルクライムまで、複数のモデルコースが設定されている。

今回はこれらのモデルコースのうち、霞ヶ浦1周コースと、筑波山方面の旧筑波鉄道コース、ヒルクライムコースを走ってみた。現地の様子をレポートする。

  • 1) 県道桜川土浦潮来自転車道線の範囲を指して「つくば霞ヶ浦りんりんロード」とする文書等もみられるが、本稿ではナショナルサイクルルートの指定を受けた範囲を指してつくば霞ヶ浦りんりんロードと表記する。県道桜川土浦潮来自転車道線の範囲および位置関係は、茨城県資料を参照。ナショナルサイクルルートの指定を受けた範囲の詳細は、同指定に関する審査総括表を参照。
  • 2) 茨城県(2022): つくば霞ヶ浦りんりんロードのR3年度の利用者について 2022/06/10更新、2022/11/14最終閲覧

目次

霞ヶ浦1周コース

今回の旅程は2泊3日。1日目の夜に現地入りして投宿、3日目の昼過ぎまで滞在するスケジュールで、実質的な行動時間は2日弱である。朝から夕方までをフルに使える2日目は、霞ヶ浦1周コースを走った。

途中の霞ヶ浦大橋を渡って高浜入(霞ヶ浦西浦の北側部分)をショートカットする約90kmのコースと、ショートカットをしない約130kmのコースがあるが、今回は後者のコースに挑戦した。

スタート / ゴール地点と周回の方向は自由に設定できるので、今回は湖西端の土浦駅から出発し、右岸(南西側)から左岸(北東側)へ、地図上で反時計回りに走るルートとした。当日は晴天、一部区間では向かい風が強く苦しんだものの、気候は全体に良好であった。途中2回の補給を挟み、4時間半ほどで完走した。

上記の画像は走行中の位置情報を、地図と標高グラフ上に出力したものである。アップダウンは皆無で、距離は長いが走りやすいコースプロフィールとなっている。赤線の走行経路は湖の形とほぼ一致しており、全周にわたって湖岸沿いのサイクリングロードが整備されていることが分かる。

コース上の道路には矢羽の路面表示が整備されており、マップ等がなくとも走行は容易である。走行中、片側の風景は常に湖だが、もう片側には蓮根畑が続く区間などもあり、所々で収穫作業をする人の様子も見えた。蓮の花のシーズンに来訪すれば、この地域ならではの風景が楽しめるだろう。当日は雲もなく、場所によっては遠方に筑波山や、牛久大仏の(おそらく)背中なども見えた。

サイクリングロードは一部、湖岸を離れて国道に合流する区間があり、その前後には専用の路面標示・標識等が整備されている。これらのサイン類のデザインは、霞ヶ浦りんりんロード全域で共通化されている。

舗装は良好で軽快に走ることができるが、基本的に自転車専用の道路3)ではないため4)、農作業車やツーリングバイクなど、一般車両の追い越しや離合には注意を要する。一部の釣りスポットと思しき区間では、路肩への駐車や釣り人の往来が集中する状況もみられた。

  • 3) 本稿では「自転車が通行でき、自動車の通行は制限される道路」の意で用いる。具体的には道路法上の自転車専用道路または自転車歩行者専用道路を指す。
  • 4) 一部区間では車道に並行して縁石で区画された自転車歩行者専用道が整備されているが、コースの総延長に占める割合は小さい。

JR土浦駅

滞在の拠点はJR土浦駅とした。土浦駅は「駅からサイクリング」をコンセプトとして、施設全体にさまざまな工夫が凝らされている。

鉄道で自転車を持ち運ぶ際には、サイクルトレイン等の特別な場合を除いて、自転車の一部を分解・固定した上で、全体を袋に納める必要がある(輪行)。このため、到着地の駅では分解した自転車を組み立てる必要があるが、土浦駅の改札近くには専用の組み立てスペースが用意されている。

駅ビル内の通路には青いラインが引かれており、市中の街路と同様に、自転車を押して歩くことができる。施設内には各所にサイクルラックが置かれ、ちょっとした買物や飲食であれば、自転車を組み立てた後でも立ち寄ることができる。

地上階の一部店舗は、地上階から自転車を押して入店することすら可能である。

つまり駅ビル全体が、到着後に自転車を組み立て、そのままエレベーターで地上階に降り、ビル内を抜けて屋外に出られる造りになっており、非常に楽、かつ特別感がある。土浦駅を発つ際にも同様に、改札近くまで自走可能な状態の自転車を持ち込むことができる訳で、滞在の最初から最後まで、他の駅施設とは一線を画する体験が提供されている。

自転車に乗っていない時にも特別な体験ができるという点は、スノーリゾートにおけるスキーイン・スキーアウトが可能な宿泊・飲食施設のデザインに通じるものがあるように感じられた。

旧筑波鉄道コース・ヒルクライムコース

最終日の3日目は旧筑波鉄道コースと、筑波山を登るヒルクライムコースを走った。

土浦駅を起点として旧筑波鉄道コースを北上し、途中からヒルクライムコースに乗り入れ東進、南側から筑波山を登坂後、西方向へ下山し旧筑波鉄道コースに合流、土浦駅に戻るルートとした。

地図上では、ヒルクライムコースを反時計回りに走るルートとなる。走行距離は60km強で、そのうち約40kmが旧筑波鉄道コース部分、約20kmがヒルクライムコース部分にあたる。所要時間は休憩を含めて4時間程度であった。

旧筑波鉄道コース

写真からも、霞ヶ浦一周コースと比べて格段に「手厚い」設計であることが分かると思う。

旧筑波鉄道コースの線形はほとんどが直線で、カーブがあっても円周は緩やかである。勾配は南から北に向かって僅かに登るが、明らかな負荷がかかる程ではない。コース名が示す通り、鉄道路線であった時代の特徴をそのまま生かした造りといえる。

舗装は全線に渡ってほぼ最高と言える状態で、路面のたわみもない。入念なメンテナンスの手が入っていることは想像に難くないが、それに加えて旧鉄道路線の堅牢な土工・路床と、重量のある自動車が走行しないことも影響しているように思われた。

沿線には定期的に拠点駅や周辺施設までの距離標が設置されている他、場所によっては大判のイラストマップや、二次元バーコードによるデジタルマップの案内もある。

また、旧筑波鉄道コースほぼ全線が自転車専用の道路として整備されている。自動車との交通分離については指針が徹底されており、ある程度の規格の ―― 道幅や舗装も良好で、青色の誘導ラインを引けばサイクリングロードとして案内できるように見える ―― 一般道路がすぐ隣にある区間でも、個別に区画された自転車専用の道路が整備されている。


交差点の整備状況は、交差する道路の規模や管理者により異なるが、いずれも自動車等がノンストップで自転車と交錯しないよう配慮されている。交差する車道側に一時停止標識と路面標示を置くだけでなく、チャッターバーを設置して物理的に減速させている箇所もみられた。

付帯設備に目を向けると、沿線には旧駅舎を活用した休憩所が整備されている。全長約40kmの旧筑波鉄道コース上に、ベンチ、自動販売機、トイレ、サイクルラック等が併設された休憩所は6箇所あり、土浦市や桜川市の市街地区間ではおよそ4kmから5kmごと、郊外ではおよそ10kmごとに置かれている。市街地区間では郊外と比べて平均速度が低下するため、走行中の感覚としては一定時間ごとに休憩所が出てくる感覚があった。中・長距離の走行に不慣れな初心者にとっては、定期的に現れる休憩所が、そのまま休憩すべきタイミングを示す指標として機能するだろう。

駐車場が併設されている休憩所もあり、自家用車での移動と組み合わせ、発着拠点として利用する人の様子もみられた。

ヒルクライムコース

ヒルクライムコースは筑波山の南側から、不動峠を経由して筑波山ロープウェイ山麓駅(つつじヶ丘駅)の駐車場まで登るルートである。1周の距離は約25km、そのうち約11kmが登坂区間となる。獲得標高は500m程度であるので、計算上の平均勾配は5%弱5)だが、尾根線に沿って走る区間に平坦や下りが含まれるため、登り坂部分の実際の勾配はもう少し手強く、断続的に6 – 8%、時に10%を超える箇所もある。基本的にはある程度の機材と経験を備えたサイクリストが、走行それ自体を目的として走るコースと言えるだろう。このため、コースの設計や整備のレベルも旧筑波鉄道コースとは異なっている。

一般論として山岳路では、走者は勾配だけでなく、山岳路ゆえの落葉や落枝、舗装のひび割れ等にも対応しつつ走行しなければならない。カーブの向こうから来る(かもしれない)自動車・自転車との離合、追い越しについても、各自が注意し対応することが求められる。ヒルクライムコースにおいてもこの点は同様であり、コース全線にわたる手厚い整備はなされていない。交通量の多いスカイラインとの合流部や、ゴール地点となるつつじヶ丘駐車場への侵入誘導など、要所に必要な標識や路面標示が整備されている。

安全・誘導のための整備は最低限(十分に充実しているが、あくまで他コースとの比較において)であるが、一方で登坂区間の起点には上掲写真のような標識が設置されており、現在地からゴール地点までの距離、獲得標高、カーブの数等が案内されている。

道中ではカーブごとに小型の標識が置かれ、現在のカーブ数と地点距離が表示されている。現在地と残りの距離が分かることは安心感にも繋がると思われるが、どちらかと言えばペース配分の調整やラストスパートのタイミング等、やや競技的に登坂を楽しむための表示であるように感じた。坂を登りに来た走者の心をくすぐる仕掛けと言えるかもしれない。

  • 5) 水平距離100mにつき垂直標高が1m上昇する場合の傾きを1%とする、道路勾配%の値。

100km走れる地域の設計

以上の現地レポートを踏まえて、現地で感じたことを簡単に書いてみたい。

ロードサイクリング界隈で聞かれる慣用句の一つに、「100km走れたら初心者卒業」がある。100kmという距離は象徴的で、日常的な移動の感覚とは隔たりがあり、しかし適切な方法を用いれば達成可能という点で、この表現はよく出来ていると思う。

この時に必要とされる「適切な方法」として、まず想起されるのは脚力や持久力といった、走者の肉体的な能力である。しかし実際には、例えば走りやすいルート(線形、勾配、自転車専用の道路かそうでないか等)を設定する、スケジュールを決めて走行計画を立てる、適切なタイミングで休憩を挟む、水分やエネルギーを補給し、また補給品を補充できる場所を想定しておく、パンクなどのトラブルに対応できる装備と技術を備える、重量や容積と相談して持ち物を取捨選択する等、フィジカル以外にも多くの要素が影響し、これら一つ一つの改善をはかることで、100km走破の達成は近づく。自転車は機材スポーツであるので、各々の懐が許す範囲で、長距離走行に適したフレームやホイールを買う、速度やパワーを数値化してモニター可能なサイクルコンピュータを導入する、といったことも取り得る方法の一つである。

ここで今回実際に走行した、霞ヶ浦りんりんロード内の各コースを振り返ってみる。

旧筑波鉄道コースは全線が自転車専用の道路で、走者は走ることに集中できる。舗装や線形は良好であり、休憩所の配置によって、一息を入れるタイミングが自動的に提案される。距離も程よく、コースの両端にあたるJR岩瀬駅あるいは土浦駅でレンタサイクルを借りて走ってみるのは、いかにも楽しそうだ。

霞ヶ浦一周コースは平坦で走りやすいが、距離が長い。半日ないし一日の持久走となるため、休憩だけでなく途中の補給(食事やコンビニなど)も必須となるが、これらの施設はコース沿線にはほとんど現れない。走者は発着地点と走力に応じて休憩・補給のタイミングを自ら決め、そのための施設を(地点によっては一時的にコースを外れて)自分で見つけ出すことが求められる。

また、道は基本的に自転車専用ではなく、一部区間では交通量のある車道も走行する。走行中の安全確保は、各走者の注意と責任に依る部分が大きくなっている。

ヒルクライムコースは旧筑波鉄道コースの途中から分岐する形でコースが設定されており、JR岩瀬駅や土浦駅、潮来市といった地域内の代表的な拠点からはやや距離がある。意図して筑波山近傍に拠点を置く・自家用車でアクセスする等の方法を用いないのであれば、走者はまずコースの起点まで、体力・脚力を温存して到達することが要求される。

コースは山岳路であり、走行時の負荷は大きいが、加えて中央線のない山道から交通量の多いスカイラインまで、様々に変化する道の状況にも対応しなければならない。気温や天候の状況に応じて、防寒のための装備も必要だろう。

以上のように各コースの特徴をみると、先に挙げた「肉体的な能力以外の要素」が、旧筑波鉄道コースではハード・ソフトの整備により自動的に提供されているのに対して、それ以外のコースでは走者自身での対処・対応を求められていることが分かる。俯瞰的に見れば、旧筑波鉄道コースは誰でも自転車に誰でも親しめるように作られているが、全てのコースをそのように設計するのではなく、整備の「手厚さ」が異なる複数のコースを併存させている、とも言える。

サイクリングに興味を持ち、長距離を走ってみたいと思う人にとって、それぞれのコースは実力の発展段階に応じて、相応の課題と楽しみを都度提供してくれるのではないだろうか。彼(あるいは彼女)がこの地に二度、三度と足を運んだならば、そう遠くないうちに100km走破を達成できるだろう、そう思わせる配慮と仕掛けが、地域全体を貫いているように感じられた。

景色が目的地になる

最後に、今回の訪問で筆者がもっとも「よくできている」と感じた場所の写真を紹介したい。

旧筑波鉄道コースの途中、藤沢休憩所と筑波休憩所の間の一地点から、JR岩瀬駅方向を見た写真である。ここにはサイクルラックを併設した簡単なフォトスポットが用意されており、往訪当日も通過する人の半数ほどが自転車を停め、風景写真や自撮り写真を撮影していた。

この場所から見える筑波山は、多くの来訪者にとって目を楽しませる景物である。しかし既に見たように、この先には筑波山を登るコースが用意されており、そこを目的地とする一部の者たちもまた、サイクリングロードを通過していく。

それが景色としても目的地としても見られるという点において、上掲2つの写真は同じ文脈を共有するとも言えるかもしれない。遥か遠くに仰望する景色の一部と思われた場所、そこへ向かうものが隣を通り過ぎ、その場所が足元の地面と地続きであると知ったとき、驚くか、呆れるか、あるいは面白いと思うか、去来する感想は当事者によりさまざまであろうが、いずれにせよ、そこにあるのは無味乾燥な景色ではなく、その人がその時その場所で感じたものごとが書き込まれた風景である。

多様な携帯を包含するサイクルツーリズムの中でも、特に自転車での移動・行動そのものを主目的とする旅行(所謂「自転車旅行」的な旅行)の楽しさは、「日常から遠く離れた場所に行く」「今まで行けなかった所まで行けるようになる」といった経験を、自分の身体ひとつで(身体性を損なうことなく)味わえることであるように思う。今回訪問したつくば霞ヶ浦りんりんロードは、間口は万人に向けて広く丁寧に取りながらも、さらにその先にある ―― 世間一般には「物好き」と苦笑されるような ―― 楽しみ方へと巧みに誘導する、そういった造りになっているように感じられた。そのような、プリミティブな楽しみに関心を抱いたのであれば、来春霞ヶ浦を訪ねてみてはどうだろう。