旅行者がサステナブル・ツーリズムに取り組むモチベーションをどう高めるか? [コラムvol.500]

サステナブル・ツーリズムという概念は近年、世界的な広がりをみせています。国連世界観光機関(UNWTO)は、サステナブル・ツーリズムを「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義していますが、今回は「訪問客の需要に適合」という部分に着目し、サステナブル・ツーリズムの推進を考えてみたいと思います。

国内外を問わず、様々な地域で持続可能な観光地を目指す動きが加速している一方、日本におけるサステナブル・ツーリズムに対する観光地と旅行者の意識の差は、依然として大きいように感じられます。JTB総合研究所が行った調査(※1)によると、旅行者のSDGsに対する意識や行動は、旅行中になると日常より大幅に下がるという結果が出ています。その心理として、「旅先中くらい考えたくない/面倒くさい」が圧倒的に多くなっており、日常ではサステナブルな行動を取っている人でも、非日常の旅先ではサステナブルな行動が負担と捉えられていることが伺えます。

しかし、旅行者の非サステナブルな行動をルールや罰則といった外部からの圧力でコントロールしようとすることは、かならずしも地域側にとって正解とは限らないようです。観光地のイメージが旅行者の環境に配慮した行動に与える影響を考察した研究(※2)では、過度な規制や罰則といった「外発的動機づけ」は、旅行者が自ら環境に優しい行動を取ろうとする「内発的動機」を低下させる可能性があると指摘されています。

こうした旅行者の特性を踏まえると、旅行者には自発的に、あるいは嗜好に基づく選択のなかでサステナブルな観光行動を取ってもらえるよう、観光地としては旅行者の内発的動機を引き出し、自発的にサステナブルな行動が選択されるよう誘導していくことが有効であるように思われます。そのための具体的な「仕掛け」の参考事例として一つご紹介したいのが、国立公園における特定車両の入域優遇です。

環境に優しい乗り物でしか体験できないという「特別」

環境省から日本第1号のゼロカーボンパークに登録された乗鞍高原では「E-Bikeツーリズム」が推進されています。長野県側から乗鞍岳へ通じる乗鞍エコーラインと岐阜県側の乗鞍スカイラインは、自然保護のため、例年開山期間に合わせてマイカー規制が実施され自家用車などの一般車両の通行は禁止されますが、バス・タクシーに加えて「自転車」は通行が許可されており、「自転車で登れる最高地点」として、ヒルクライマーの間では人気のコースとして認知されてきました。しかし、最大標高差が1,000mに達する山岳道路をサイクリストではない一般の旅行者が自転車を漕いで楽しむのは現実的ではありません。そこで2020年より始まったのが電動アシスト付き自転車E-Bikeのレンタルです。E-Bikeは観光案内所で貸し出されており、レンタル料金は4時間5,000円、1日8,000円と決して安くはありませんが、既に人気が出ているようで、自電車の乗り慣れた方であれば誰でも、雲を眼下に雄大な景色を眺めながら山の風を切る「特別感」を味わえるようになったことで、利用者の幅が広がり、観光地としての魅力が高まっています。乗鞍高原の事例は環境に優しい観光を促すという地域側の目的と、日常にはない特別な体験をしたいという旅行者の欲求を同時に満たしている点において、優れた事例といえるでしょう。

また、国立公園における環境に優しい乗り物に対する優遇としては、乗鞍高原以外でも行われている地域があります。例えば富士山では、夏のマイカー規制期間中でも電気自動車(EV)と燃料電池自動車(FCV)であれば通行できる措置が取られており「一般には入れない特別な時季の富士山を愛車でドライブできる」とあって、テスラ車等のEVやFCVばかりが五合目の駐車場に並ぶ光景が見られます。

出典:乗鞍高原ゼロカーボンパーク(https://zero-carbon-park.norikura.gr.jp/)

サステナブル・ツーリズムの価値を高める

サステナブル・ツーリズムの推進において、旅行者の意識や行動の変容を促していくこと重要であることは言うまでもありませんが、昨今の国内でのサステナブル・ツーリズムに関する議論は観光地が旅行者をどうコントロールするかという視点が強く、旅行者に選好的にサステナブル・ツーリズムを実践してもらうための方策についての議論は、まだ余地が大きいように感じられます。冒頭では、旅行に出るとSDGsに対する意識や行動が大幅に下がるという調査結果を紹介しましたが、理想的にはむしろ逆で、旅行に出ると自発的にサステナブルな行動を取りたくなる/取ってしまうような観光のあり方を模索できれば良いのではないかというのが個人的な考えです。そのためには、旅行者にサステナブル・ツーリズムを「価値」として捉えてもらうことが必要になってきます。この点、乗鞍高原のE-Bikeツーリズムは、自然環境を保護するために一般車両を規制するという「できないことの提示」という従来のアプローチから、環境に優しい行動を通じて特別な体験が「できることの提示」を通じて、サステナブル・ツーリズムの価値を創出した事例といえるでしょう。「サステナブル・ツーリズム」という言葉が商業的に乱用され、本質的に誤った意味で旅行者に捉えられることは避けなければなりませんが、サステナブル・ツーリズムの価値が旅行者により広く認められ、地域に優しい行動が自発的に選択されるようになれば、地域課題解決のためのサステナブル・ツーリズムとしてもその有効性も高まるのではないでしょうか。

参考

※1 (株)JTB総合研究所「SDGsに対する生活者の意識と旅行についての調査(2022)~その2 旅行者の意識と旅行行動~」
※2 Wangoo Lee, Chul Jeong. (2018): Effects of pro environmental destination image and leisure sports mania on motivation and pro environmental behavior of visitors to Korea’s national parks , Journal of Destination Marketing & Management, 10, pp.25-35