続・観光地の「断る力」~オーストラリア・ロード・ハウ島の事例から~ [コラムvol.181]

2012.12.07

観光調査部 菅野正洋
col-181

■観光地の「断る力」とは

 以前、私はこのコラムで「観光地の断る力」(vol.85)と題する文章を書きました。
そのとき私がお伝えしたかったことは概ね以下のような主張でした。

   観光地域づくりにおいて、地域の実情に応じ、一定のルールなどを設けることでターゲットとすべき客層をしぼり込み、それ以外の客層をある意味で「断る」ことは、結果として密度の高い体験につながり、観光の質の向上をもたらす。すなわちそれは観光客の満足度や再来訪意向を高めることにも寄与するものである。
 2年ほど前、ある調査の一環で、実際にこの考え方を体現しているのではないかと思われる海外の観光地、オーストラリアのロード・ハウ島を訪れる機会がありましたので、紹介させていただきます。

■ロード・ハウ島の概要

 ロード・ハウ島は、オーストラリア本土から東に700km、ニュー・サウス・ウェールズ州の州都であるシドニーから飛行機で2時間ほどのところに位置しています。人口は2008年時点で364人、本島は長さ10km、幅2.5km程度とこぢんまりした島です。
 その豊かな自然環境により、1982年に世界自然遺産に登録されたこの島には、年間で約17,000人の観光客数が訪れています。そのうち約95%はオーストラリア本土からの国内旅行者で、中高年の富裕層が主な客層とのことです。
 島内では各種のアクティビティを体験できます。主なアクティビティとして、海で行うものとては、スノーケリングやスキューバダイビング、釣り、船底が透明になったボートで遊覧するグラスボートツアーなどがあります。また、陸のアクティビティとしては、島内観光や、ブッシュをハイキングするトラックウォーク、登山などがあります。各種アクティビティの参加率は非常に高く、ほぼ全ての観光客が少なくとも何かしらのアクティビティに参加するということでした。
 島内にはレンタカーがわずかしかありません。また宿泊施設やレストランが集まる中心街も一カ所にこぢんまりとまとまっています。そのため、島内観光のツアーなどを除くと観光客の移動はもっぱら徒歩か自転車です。
 「The Last Paradise(最後の楽園)」。これはロード・ハウ島観光協会のウェブサイトに掲載されたキャッチコピーです。観光客の平均滞在日数が1週間程度とのことですが、そのコピーの通り、実際に島内を巡るとのんびりした時間が流れています。

■ロード・ハウ島の「断る」方法

 ロード・ハウ島では、島内の環境を保全するために興味深い取組を行っています。それは、島内の宿泊施設で提供する総ベッド数に上限(400ベッド)を設けることで、1日の滞在人数をコントロールする、というものです。
 このベッド数の制限は州政府が法に基づいて策定する計画(Local Environmental Plan)に記載されています。ちなみに、400ベッドという上限は1978年にこの制限が導入された当時の実際のベッド数(330ベッド)をベースラインとして設定された任意の数字だそうです。
 Local Environmental Planに基づき、開発許可等の許認可権や計画の実行権を州政府から移譲されているのが、行政機関(市)と同等の役割を果たすロード・ハウ島委員会(Lord Howe Island Board)です。委員会は7名のメンバーからなり、うち4名は地域住民から、3名は州政府から任命されます。州政府から派遣され、実務を取り仕切るCEOを始めとして、職員50名を擁しています。
 Local Environmental Planに規定された主な内容としては、上記の宿泊施設のベッド数上限の他、宿泊施設や商業施設の立地制限、土地利用とゾーニング、建ぺい率や建物高さなどの建築規制、世帯数の増加上限(20年で25世帯)、屋外広告物規制などがあります。

■「断る」ことによる効果

 宿泊施設の総ベッド数に上限を設け、それ以上の観光客を「断る」ことで、島内にはどのような効果がもたらされているのでしょうか。
 まず、自然環境保全に対する効果があげられます。自然環境の状況に関しては、動植物の生息・生育状況や外来種の状況など、様々なモニタリングや調査研究が実施されていますが、一方で、現在までに設定された400ベッドという数字が見直されている様子はありません。このことから、島内の滞在人数の制限によって島内の自然環境の保全の効果が一定程度担保されている様子がうかがえます。
 もう一つの、そして最も重要と思われる効果は、高質な観光地としてのイメージと滞在環境の実現です。島に住む自然保護活動家のイアン・ハットン氏によれば、滞在人数の制限を含む諸規制によって、島内の混雑がなく、ビーチやウォーキングトラックなども独り占めできるということで、都会から離れてのんびりする場所という上質かつ高い付加価値を持つ地域イメージが形成され、観光客にとっては滞在が非常に特別なものになっている、とのことでした。
 その効果もあってか、季節によって変動はあるようですが、私が訪れた2月(南半球にあるロード・ハウ島はハイシーズンにあたる)で、最も高い価格帯の宿泊施設では1泊650豪ドル(1豪ドル=85円とすると約55,000円)、最もお手頃な素泊まり宿(キッチン付きアパートメント)で170豪ドル(約15,000円)といったように、島内にある宿泊施設の単価は比較的高い水準を確保できているようでした。
 一方で、イアン氏によれば、ビジネス拡大の前提となる観光客増加が見込めないので、この制限は観光事業者にとってはプレッシャーにもなっているはず、とのことでしたが、私自身お話を聞いた観光事業者(宿泊施設、飲食施設など)の皆さんは、いずれも島内の環境を保全するためにはそのような制限もやむを得ない、という認識で、むしろそのことで島内の環境が保全され、観光客に対して質の高い体験が提供できている、ということを十分に理解している様子でした。

■おわりに

 通常、観光客はいくらでも来て欲しいというのが多くの観光地が望むところだと思います。そのような中、その貴重な自然環境を保全すべく、あえてその数に制限を設け、それ以外は「断る」ことで、結果として高質な観光地としてのイメージと環境を維持することに成功しているロード・ハウ島は、観光地の一つのモデルのあり方を提示しているのではないかと思います。
 そのためには、観光客を「断る」ことで、結果的には付加価値の高い滞在体験を提供でき、地域として利益も享受できる、という共通認識をいかに地域内で醸成出来うるかが鍵になるように思いました。

※ロード・ハウ島については、当財団機関誌の観光文化214号でも、「日本の亜熱帯・小笠原が惹ひきつける魅力-小笠原諸島の自然・文化を守る勇気と観光をロード・ハウに学ぶ」(ノンフィクション作家・飯田 辰彦氏)として紹介されています。合わせてご参照ください。

 

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