「ラケット理論」の検証(インバウンド編) [コラムvol.454]

2021.09.13

観光政策研究部 社会・マネジメント室長/上席主任研究員 菅野正洋

背景

 観光研究の分野では、観光地(デスティネーション)の範囲や大きさが、旅行者にどのように認知され、規定されるのかを表現する概念として、「ラケット理論」がよく知られています。これは、「出発地となる居住地(自宅)から観光対象地域までの距離(基本距離)が長いと、観光する範囲が拡大される」(鈴木,1966)とするもので、その後複数の既往研究において成立することが確認されています(Plog,1974;Wall,1978;Mings &McHugh,1992;滝波,1994;Oppermann,1995;橋本,1997;Dredge,1999;Plog,2001;Watanabe,2013;杉本・小池,2015)。

 2019年、筆者らはこの「ラケット理論」に着目した研究を行い、当該理論が実際に成立するのかを再度確認するとともに、旅行実施に対するハードル(旅行者の経済力、旅行日数、旅行頻度)や旅行目的(旅行先での行動、来訪回数)等によってその作用が変わるのか、といった点を検証しています(菅野他、2019)。

 当時の研究は当財団が自主研究として毎年実施している「JTBF旅行実態調査」のデータを活用し、国内旅行者について検証したものでした。

 そこで、本稿では、コロナ禍以前の訪日外国人観光客の行動に関するデータを用いて、この「ラケット理論」が外国人旅行者に対しても成立するのかを検証してみました。

分析方法

 本稿では国土交通省が作成している2017年のFF-Data(Flow of Foreigners-Data)を利用しました。FF-Dataは、日本を訪れる外国人を対象として同省および観光庁が実施している2つの調査(訪日外国人消費動向調査、国際航空旅客動態調査)から、共通する内容を統合して作成されています。前者は、四半期ごとに17空港で、また後者は8月及び11月に31空港で、それぞれ出国する外国人旅客を無作為抽出し、調査員による聞き取りもしくは調査紙への自記入によって行われるものです。

 FF-Dataは被調査者の国籍、旅行目的、日本への来訪回数、旅行の手配方法(個人もしくは団体)、旅行日数、入国・出国空港名、立ち寄った都道府県名などの情報を含みます。本稿の分析では、国籍(20カ国:プロモーション対象として設定された重点市場)が明確に把握でき、かつ観光・レジャーを目的とする29,777の標本を使用しました。

 旅行範囲のサイズは、訪問地点数(ここでは立ち寄った都道府県数)で表すこととしました。また旅行距離は欧州委員会(European Commission)が提供しているDistance Calculatorを利用し、それぞれの国籍が示す国や地域の首都と東京との間の距離(キロメートル)を算出して分析に用いました。

結果

 国籍別に訪問地点数の平均値に対して検定(Kruskal-Wallis test)を行ったところ、統計的に有意な差が確認されました(p<.001)。次に旅行距離の順に多重比較(Dunn-Bonferroni test)を行ったところ、11の国籍間で統計的に有意な差が確認されました(表1)。これら11の国の旅行距離と訪問地点数の平均値についてPearsonの相関係数を算出したところ、0.65となりました(p<.05)。このことから、旅行距離と訪問地点数の間には正の相関関係が認められる結果となり、いわゆる「ラケット理論」が外国人旅行者に対しても成立することがわかりました。

表1 訪問地点数の平均値、中央値、度数、標準偏差および旅行距離

考察

 検証の結果、国内旅行者のみならず、訪日外国人旅行者についても、その旅行距離によって行動範囲のサイズが異なることがわかりました。

 我が国の観光地域づくりの舵取り役として期待される観光地域づくり法人(DMO)は、その活動対象とする区域の大きさに応じて「広域連携DMO」、「地域連携DMO」、「地域DMO」の3つに区分されている点が特徴です。

 こうした重層的な仕組みのため、一部地域では、広域連携、地域連携、地域の各区分のDMOが対象とする区域が重複している現状があり、実施する事業に重複が生じているなど、非効率性も指摘されているところです。

 上記の区分は政策的な要因(行政区域の区分)で決定されているものですが、一方でマーケティング的な視点からみれば、旅行者が実際に訪れている観光地の範囲(デスティネーション・サイズ)に即して活動対象とする範囲が設定されることが望ましいとも言えます。

 現在、コロナ禍によって訪日外国人旅行者の需要は実質的に消失している状況ですが、いずれ「ウィズコロナ時代のインバウンド振興」を再構築していく必要性が生じます。そうした局面においては、今回着目した「ラケット理論」のような各種理論も踏まえつつ、DMOについても、より実効性のある対象市場の設定を行うことが望まれます。

 それに資するような今後の研究としては、旅行日数、来訪回数、旅行手配方法、旅行者の経済力や目的とする行動など、他の様々な要因によっても旅行範囲のサイズに変化があるのかを検証し、その活動範囲のサイズに合致するような市場セグメントを見つけ出すなどの方向性が考えられます。

参考文献

  • 菅野正洋・山田雄一(2019)「ラケット理論からみたデスティネーション・サイズに関する考察」『日本国際観光学会論文集』26, pp.7-13、日本国際観光学会
  • 杉本興運・小池拓矢(2015)「富士山麓地域における観光行動の特徴」『地学雑誌』124(6)、pp.1015-1031、東京地学協会
  • 鈴木忠義(1966)「観光開発の意味と観光の原理」『観光』9、pp.29-32、日本観光協会
  • 滝波章弘(1994)「ツーリズム空間の同心円性と関係距離の抽出」『人文地理』46(2)、pp.121-143、人文地理学会
  • 橋本俊哉(1997)「観光回遊論:観光行動の社会工学的研究」風間書房、pp.106-11
  • Dredge, D. (1999) “Destination place planning and design”, Annals of tourism research 26(4), 772-791.
  • Mings, R. C., & McHugh, K. E. (1992) “The spatial configuration of travel to Yellowstone National Park”, Journal of travel research 30(4), 38-46.
  • Oppermann, M. (1995) “A model of travel itineraries”, Journal of Travel Research 33(4), pp.57-61.
  • Plog, S. C. (1974) “Why destination areas rise and fall in popularity”, Cornell hotel and restaurant administration quarterly 14(4), 55-58.
  • Plog, S. (2001). “Why destination areas rise and fall in popularity: An update of a Cornell Quarterly classic”, Cornell hotel and restaurant administration quarterly 42(3), 13-24.
  • Wall, G. (1978) “Competition and complementarity: a study in park visitation”, International Journal of Environmental Studies 13(1), 35-41.
  • Watanabe, Y. (2013) “Rediscovering the ‘Racket Theory’ -The Relation between the Trunk Transportation Distance and the Tourist’s Touring Area- “, International Journal of Culture and Tourism Research 6(1), 57-66.

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