観光地域づくりの新しい地平 [コラムvol.485]

ポスト・コロナで何を目指すのか

2023年は、2020年初頭から始まったCOVID-19によるダメージから回復していく年となっていくことだろう。100年前のスペイン風邪以来と言われた大規模な感染症被害から、ようやく国際社会を回復しようとしている。

実際には、もうしばらく紆余曲折がありそうだが、大筋としてエンデミックな世界となって、世界は動いていくことになるだろう。

問題は、その「回復」によって、何を達成していくのかということだ。

もちろん、観光が回復することで、2年以上、厳しい状況に置かれていた観光事業者は収益を取り戻すことになる。これが喜ばしいことであることは論をまたない。だが、同時に21世紀に入り、観光が持つ社会的な意味が変化したことについても、我々は視野を拡げていかなければならないだろう。

思い返して欲しい。仮に、今回のコロナ禍が1990年代に生じていたら、ここまで「観光」は世界的な話題になっていただろうか。それが、現在では、観光が多くの国々にとって主要な政策課題の一つとなっている。だからこそ、コロナと観光との関係が国際的な課題となったのだ。

驚異的に進化したデジタル

この理由は、経済構造が高次化、サービス産業へとシフトしていくことに加え、ネットの進展によって、我々が認知できる社会領域が飛躍的に拡大したことが挙げられる。例えば、通信速度で言えば1990年代半ばに誕生したネット常時接続回線「INS64」は128kbpsに過ぎない。その後、急速に発展し数年後の2000年代始めにはADSLで16倍の速度となる20Mbpsを達成。さらに2010年代には光回線が普及しADSLの50倍となる1Gbps、2020年代には10Gbpsもサービスに入っている。実に、四半世紀で8000倍という驚異的な速度アップとなる。これが、どれくらいの差なのかといえば、128kbpsでは今どきの写真を1枚ダウンロードするのに2分かかっていた(なので、小さい画像にしていた)。しかしながら、現在なら写真どころかDVD1枚を10秒程度でダウンロードできる速度がある。比例して、我々が利用するパソコンやスマホの性能も大幅に向上し、現在では、動画処理も自由自在となっている。この通信速度とデジタル処理技術の向上は、そのまま、我々の情報コミュニケーション可能量の拡大を示している。

例えば、コロナ禍中、オンラインでのTV会議が当然のように行われたが、これはTV会議が出来るだけの回線と機器が社会に普及していたことを示している。

我々は、この四半世紀でコミュニケーションできる領域を、信じられないくらい拡げてきており、さらに、その領域は、今後も指数的に拡がっていく時代となっているわけだ。

コミュニケーションの拡大がもたらす社会変化

コミュニケーション領域が拡がれば、それだけ我々は世界を広く、深く、長く知ることが出来るようになる。従来であれば、存在すら知らなかった地域、体験を知ることが出来るし、その場を訪れる前でも後でも、関係する人々とやり取りすることもできる。必然的に、人々の「旅行」意識は高まり、その観光対象は多様化することになる。特にデジタル・ネイティブと言われるZ世代においては、その動きは顕著となるだろう。

過去、産業革命が中産階級を生み出し、交通機関を発達させたことで地方から都市への人口移動が起きたように、ネットの進展によるコミュニケーション領域の拡大は、我々の生活に関するパラダイム(常識の枠組み)、具体的には住む場所、働き方、暮らし方を大きく変化させて行くことになるだろう。この変化は、人類がまだ見たことのない世界を現出していくことになるが「観光」は、その変化をリードする存在になると筆者は考えている。

なぜなら、認知領域が拡がったデジタル・ネイティブ世代が目指す世界は、自身のライフスタイルを優先する世界だと思うからだ。おそらく、彼らは、「それ以前の世代」では超えられなかった壁をヤスヤスと飛び超え、自分にとって心地の良いところ、自分が楽しいと思えるところにドンドンと出かけ、滞在することになるだろう。そして、彼らが集まっていく地域が、社会を動かしていくことになるだろう。産業革命以降、都市が社会の中心となったように、人々が集まる地域は、新しい中心性を持つからだ。

観光リゾート地は社会のロールモデルとなる

世界レベルで人気を集める観光地域を思い返して欲しい。それらの地域は優れた景観と街並みの中に、良質なホテルや飲食店が集積し、各種のアクティビティや文化イベントも展開された一つの理想郷となっている。しかも、多様な人々が集まることに対応できるダイバーシティや、カーボン対策を主体とした環境対策も先駆的に取り組まれるようになっている。

つまり、すでに強い観光地域は、現在社会において普遍性の高い要素を兼ね備えたロールモデル地域となっており、社会をリードする存在となってきている。

こうした社会変化を展望すれば、観光、または、観光地域づくりの定義も大きく変わっていくことになるだろう。

コロナ禍からの回復に伴い、2023年は、様々な事象が起きるだろう。しかしながら、地域は短時間で変わることはできない。我々に求められるのは、コロナ禍の断絶を教訓に、中長期的な視点に立ち、新しい社会を現出していくような「観光地域づくり」に取り組んでいくことではないだろうか。